人類史における第三の大移動

気候変動、急速な人口増加、そして経済的・政治的な不安――こうした要因は、人々が移住を決断する大きな原動力となっている。

ガイア・ヴィンスは著書『Nomad Century』(邦訳『気候崩壊後の人類大移動』小坂恵理訳、河出書房新社)で、今後数十年のうちに、灼熱化するグローバル・サウス(南半球の諸国)から、より穏やかな気候のグローバル・ノース(北半球の先進国)への人の移動は避けられないと指摘する。

そして、北側の国々が適切な心構えを持てば、その移動はむしろ歓迎すべきものになるだろう。というのも、多くの先進国では、自国民の人口が急速に減少していくと予測されており、移民はその空白を埋める重要な力となるからである。

10億人規模の移住を迫られる近未来を分析した『気候崩壊後の人類大移動』(ガイア・ヴァンス、河出書房新社)
10億人規模の移住を迫られる近未来を分析した『気候崩壊後の人類大移動』(ガイア・ヴァンス、河出書房新社)
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人類にとって、移動こそが本来の姿なのだ。農耕の発明と定住生活の始まりは、人類の歴史全体から見れば、ほんの3パーセントほどの短い期間にすぎない。

それ以前の長いあいだ、ホモ・サピエンスの小さな集団は、どこかに腰を据えることなく、よりよい土地を求めて常に移動していた。私たちの祖先たちも、同じように暮らしていたのである。

人類はもともと移動を繰り返してきたが、なかでも際立って重要なふたつの大きな移動の時期がある。最初の移動は約200万年前、ホモ・エレクトスがアフリカを初めて離れたときだ。

彼らはユーラシア大陸へと進出し、やがて多様な種へと分化していった。たとえば、ヨーロッパのネアンデルタール人、東南アジアのホビットたち、ホモ・アンテセッサー、ホモ・ハイデルベルゲンシスなどがその代表である。

二度目の大規模な移動は、おそらくいくつかの波に分かれて、約12万年前から5万年前にかけて起こった。アフリカにとどまっていたホモ・サピエンスがユーラシアへと広がり、やがて他のすべてのヒト属の種に取って代わることとなった。

人類史における第三の大移動が、まさに始まろうとしている。気候の厳しさが増すなか、アフリカからユーラシアへと、多くの人々が北を目指して移動してくるだろう。その流れは、どんな法律や、地中海や北海に配備された巡視艇によっても食い止めることはできない。

とはいえ、すべての人が移動を選ぶわけではない。ますます暑く、湿度が高く、ときに洪水にも見舞われる地域に暮らす人々の多くは、基本的にはなんとかその場にとどまろうとするだろう。

だが、そうした選択をしたら、何十億人もの命が失われるかもしれない。それは、今世紀末ごろに訪れるとされる世界人口の減少をさらに加速させることになるだろう。

一方で、外の過酷な環境から隔絶された都市を築くことで、適応しようとする人々もいるかもしれない。北へと押し寄せる移民の波は、たとえ膨大な数に見えたとしても、全体から見れば少数派にとどまるだろう。