「仕返しされるかもしれない」「また襲われるのでは」

話を戻しましょう。レイカさんの相談を受けて、私はすぐに警察署に連絡し、レイカさんと一緒に警察署に行き、被害を申告しました。強姦未遂事件として捜査が迅速に行われ、オーナーも任意の取り調べで容疑を認めました。

このままスムーズに公判まで進むかと思ったところ、担当した東京地検の検事が「被疑者の自白と被害者の証言だけでは起訴できないかもしれない」と弱気になり、なかなか逮捕に踏み出さず、ようやく逮捕をしたあとも処分保留で釈放してしまったのです。

彼女の証言は細部にわたりとても信憑性があり、それは捜査にあたった刑事たちも認めるところでした。被害に遭ったあとすぐに、離婚した夫や友人、従姉妹らに、そのことをメールしたり相談したりしていましたので、その履歴や証言があります。

私は経験上、彼女の事件は裁判で有罪になると確信していましたから、被害者を置き去りにして事件をうやむやにしてしまうような検事のやり方にはとうてい納得できませんでした。

忘れもしません、検察庁に呼ばれオーナーを処分保留で釈放すると告げられた日のことを。落ち込むレイカさんと2人、夜の日比谷公園のベンチに座り、目の前にある東京地検の窓の明かりを眺めていました。「検察の人たちは何のために遅くまで仕事をしているんだろうね」「ふざけるな」「オーナーを絶対許さない」と毒づき、それでも「処分保留であればまだ起訴できる可能性はある。諦めずに頑張ろう」と励まし合い、互いの闘志を確認しました。

レイカさんの前向きな性格に代理人である私のほうが助けられた思いで、レイカさんのためになんとしても起訴に持ち込まなくてはと決意しました。

翌日から、私は繰り返し検事に電話をかけ、3度にわたって検察庁に抗議書を出し続け、結果的にオーナーは起訴されたのですが、それまでに4か月の時間を要しました。その間に一度、レイカさんから「もう事件から離れたいです。しばらく上谷先生からの連絡も控えてほしいです」というメールが届いたことがあります。

写真はイメージです 写真/Shutterstock
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無理もありません。性犯罪に遭うだけでも相当な精神的ダメージを受けます。捜査で繰り返し被害のことを聞かれ、そのたびに嫌な記憶を思い起こさねばなりません。それでも耐え続けるのは、なんとしても加害者を罰してほしいという意思の表れですが、いつになったら起訴されるのか、このまま不起訴になるのかという不安定な状態にさらされ続ければ、精神状態が悪化し、事件と向き合えなくなってしまうのは当然です。

そうなってしまうと、味方である被害者代理人ですら、その被害に遭ったことを思い出させる存在でしかないのです。

しかも、レイカさんの場合は、加害者は処分されずに釈放され、レイカさんの自宅近くのジムに戻っていました。「仕返しされるかもしれない」「また襲われるのでは」という不安感は想像を絶します。心が折れても仕方がないことなのです。

彼女との連絡は控えながらも検事との交渉は続けましたが、私自身もどうしたものかと思い悩みました。レイカさんの心を守るため、ここで諦め、被害届を取り下げるべきなのか。ただ、このまま終わりにしてしまうと、正義感が強くて負けず嫌いのレイカさんは、後々、途中で諦めたことを後悔するはず。そうすると被害は一生回復しない。それでは被害者の代理人として失格ではないか……。