不妊治療偏重の問題点
2020年、菅義偉総理(当時)が鶴の一声で「不妊治療の保険診療化」を閣議決定した時、日本のメディアはあたかも美談であるかのように取り上げた。
確かに、不妊治療もリプロの権利で保障されるべきケアの1つではある。
だが日本では、若い世代を中心とした女性たちが日常的に必要としている避妊薬や避妊具、緊急避妊薬、中絶薬などが、世界一高額でアクセスしにくく、正しい情報提供すら行われていない。
全年齢が対象になりうる産み育てやすい環境を作るための育児と仕事の両立支援や保育施設の拡充、十分な経済的支援などもなかなか実現していかない。
それなのに、比較的高年齢の女性が主に頼みとしている不妊治療のみに多額の資金がつぎ込まれるのは、あまりにも不均衡で非効率的でもある。
さらに、海外の研究では、生殖補助医療が出生率にもたらす「正味の効果」も不明とされている*2。少子高齢化で医療費が膨らむ中、厚労省では「費用対効果の議論」も始まっており、不妊治療の公的支援にも財政的な制約が生じる可能性が高まっている*3。
その上、日本の不妊治療は心のケアも、職業生活との両立などの社会的なサポートも不足しているため、患者の苦悩は大きい。不妊治療の身体的・精神的負担や成功率が低い現実が広く認識されれば、個人の状況に応じて別の選択をする人も出てくるだろう。
また、近年の生殖医療の急速な発達が、新たなリプロの権利侵害を生み出す可能性もあることに留意すべきである。
たとえば子宮移植は2025年に慶應大学病院の倫理委員会が臨床研究を承認したが、その倫理的・法的議論はまだほとんど行われていない。代理出産や、第三者から精子や卵子の提供を受けて生まれた子どもが出自を知る権利などの問題も棚ざらしである。
これまで、日本政府は女性たちに「産ませること」だけを政策目標としてきた。しかし、これまでの経緯から、金銭的支援だけで次世代を確保しようとする発想には明らかに限界がある。
女性のリプロの権利を尊重しない出産奨励策は効果を上げておらず、むしろ女性を追い詰め、少子化を加速させる弊害をもたらしている。こうした政策の実効性のなさと有害さを、今こそ直視すべき段階に来ている。