リプロに介入できる薬や技術は両刃の剣

1990年代のアメリカでは、「ノルプラント」と呼ばれる体内埋め込み型の避妊カプセルが承認されたとたんに、裁判所や議員たちは特定の女性たちに対してノルプラントを義務づけようとした。

ノルプラントは一度埋め込めば自動的に作用する避妊手段で、医療の介助なしには除去できないため、他の避妊方法よりも第三者が管理しやすい。女性の低所得者や犯罪者にノルプラントを埋め込もうとする法案が持ち上がるたび、女性たちから批判の声が上がった。全米の医師会や法曹界も断固反対する姿勢を示した。

リプロに介入できる薬や技術は両刃の剣であり、使いようによっては女性たちの味方にもなれば、敵にもなりうる。

1985年にアメリカで出版された『フェミニスト辞典(A Feminist Dictionary)』の「ザ・ピル」の項には、ピルのメリットと並んで、〈製薬会社に莫大な金をもたらし、私たちをモルモットにし、私たち全員を性的対象者としてより「手に入りやすく」する〉とも書かれている*2

欧米の女性たちは、ピルやIUDなどの新しい避妊方法を警戒しつつも切望し、それと同時にリスクを暴き、権力による乱用に反対することで、避妊方法の改善に貢献してきたのである。

「ピル」によって女性は医師や弁護士を目指すことができるように…1970年代アメリカでピルが起こした奇跡的変化_3
すべての画像を見る

その結果、現在ではホルモン避妊法は大きく改良され、適切な使用のもとで非常に高い安全性と有効性が確立されている。

注釈
*1 Claudia Goldin and Lawrence F. Katz, “The Power of the Pill: Oral Contraceptives and Women’s Career and Marriage Decisions”, Journal of Political Economy, Vol.110, No.4, The University of Chicago Press

*2 Cheris Kramarae and Paula A. Treichler, A Feminist Dictionary, Pandora Press, 1985 

写真・イラストはすべてイメージです 写真/Shutterstock

産む自由/産まない自由 「リプロの権利」をひもとく
塚原 久美
産む自由/産まない自由 「リプロの権利」をひもとく
2025年9月17日発売
1,089円(税込)
新書判/240ページ
ISBN: 978-4-08-721380-5

妊娠・出産したいか、したくないか。いつ産むか、何人産むか──。そのほか、中絶、避妊、月経、更年期に伴う心身の負担など、生殖関連の出来事全般に関し、当事者がどのような選択をしても不利益なく生きることのできる権利を「リプロの権利」という。1990年代、女性にとって特に重要な権利として国際的に定義・周知されたこの人権について、日本でほぼ知られていないのはなぜなのか。中絶問題研究の第一人者が国内外での議論の軌跡をたどり解説する。少子化対策と称し「出産すること」への圧力が強まる今、必読の書。

【目次】
はじめに~日本社会から欠落している「リプロの権利」の視点
序章 リプロの権利は「人権」のひとつ
第一章 リプロの権利はいかにして生まれたか
第二章 人口政策に翻弄された日本の中絶・避妊
第三章 二〇〇〇年代、日本政府の「リプロ潰し」
第四章 世界はどのように変えてきたのか
終章 日本の今後に向けて
おわりに

amazon 楽天ブックス セブンネット 紀伊國屋書店 ヨドバシ・ドット・コム Honya Club HMV&BOOKS e-hon