女王様失踪の真相を追うというミステリー要素も
── 一方、バイト先では美織さんという優しい女王様に好感を持っていたところ、彼女が突然音信不通となる。志川は心配して彼女を捜しはじめ、ここから探偵小説のような展開になりますね。
最初にざっくりしたプロットを作った時から、志川の一番の推しの女王様がいなくなることは頭にありました。
自分の読書の好みとして、若干ミステリー要素やサスペンス要素が入ったものが好きだったので、書く時もそういう要素を入れたほうが楽しいんです。それと、デリバリー風俗の世界は昼職に比べて突然無断で辞める女の子が多いと聞いていたので、このお店で起きそうな出来事を考えた時、女王様が失踪するという流れは自然と浮かびました。
── 志川が美織さんを捜そうとすると、お店の人たちから「なんで?」「お金貸してたの?」とか、恋愛的な意味で「好きだったの?」と言われる。みんな無断退職に慣れているせいか、美織さんのことを心配もしない。
主人公が周囲のそうした反応を意外に思うところを書いた後で、実際はどんな反応が普通なんだろうと心配になりました。もしかすると「じゃあみんなで捜そうぜ」となる場合も結構あるのかな、って。それで編集者さんに聞いてみたら、「自分もなぜ志川が美織を捜すのか分からなかったです」と言われて、これでいいのかな、と安心しました。
今まで書いてきた小説は、自分の思いのままの反応を書いていればよかったんです。でも今回は主人公が平均値を分かっていないという設定である以上、周りの反応が平均的なものがであってほしいので、そのバランスに悩みました。「これが平均値」と思って書いても、自分がずれているかもしれないし。その正解のなさみたいなものも、表現したかったことなんですけれど。
── 美織さんを捜す中で会う風俗の利用客も面白かったです。石原さんという高齢の利用客は、美織さんと友人同士のような親子のような、不思議な関係が成り立っている。
風俗を利用する人の中には会話をより重視する人もいる、みたいな話を聞いたことがあって。じゃあ別に風俗じゃなくてもよくないかと言われそうですけれど、風俗でしか話を聞いてもらえないくらいの孤独もあるのかなと思いました。それで、石原さんみたいな人が出てきました。
── かと思えば、一見そんなふうには見えないのに風俗を趣味にしている青年もいます。
また前の職場の話になるんですけれど(笑)、飲み会の席で必ず性風俗の話をしてくる男性の社員が一人いたんです。趣味の話をするかのごとくのテンションで、「こないだこの映画を観たよ」くらいの気軽さで「最近メンズエステ(性感マッサージ)の業界が熱くて」みたいなことを言うんですよ。こういう人もいるんだな、だから風俗業界が成り立っているんだなと、印象に残っていました。
── そうした美織さん捜しの一方、志川は不動産業時代の同僚、吉野ちゃんと再会します。かつて「他人に対して性欲を持たない」という志川に対し、「そんなひとがいるわけないじゃん」と言い放ったことを吉野ちゃんは謝ってくる。自分もその後いろいろ学んであなたのことを理解しました、と言いたげなんですが、話してみると全然分かっていなくて、彼女が言うことがもう、ものすごく嫌な感じで……。
ああ、嫌な感じと受け取ってもらえて安心しました。あの場面って、人によってリアクションが違うんですよ。吉野ちゃん側の見解の人もいるんです。
── そうなんですか。吉野ちゃんは、アセクシャルでも我慢すればセックスできるだろう、みたいなことを言いますよね。志川がどれだけ無理なことか分かってもらうために「吉野ちゃん、お母さんとセックスできる?」と聞いても通じない。あれくらい通じない人って、本当にいますよね。
あの場面では通じなさを分かってほしかったので、そう言ってもらえると嬉しいです。吉野ちゃんのリアクションについては、「こんなに通じないわけないだろう」と読者に思われたら、主人公に対する試練としてはフィクション的になってしまうので、バランスに悩みました。でも、そうであっても、吉野ちゃんはヘテロセクシュアルでスーパーセックスワールドのど真ん中を行く人間として書きたかったんです。
こういう通じなさって、みんな自分のセックスワールドのことしか知らないからなのかな、とも思うんです。他人からすれば、私にも通じないと思うところがあるだろうし。
── 確かに。さきほどの、吉野ちゃんの通じなさが嫌だったというのも、私の基準での感想にすぎないですよね。ただ、通じない相手から「お前がおかしい」「自分たちに合わせろ」という圧があるのは辛いですよね。吉野ちゃんの他にも、志川に「いつか大丈夫になる」と言ってくる人がいますよね。
その台詞も、スーパーセックスワールドのど真ん中を生きてきて、これからも生きていくであろう人の想像力の限界として書きました。ただ、あの人はセックスが関わらない場ではすごくいい人なんです。
人としての感じのよさと、セックスに対する感覚って人によってちぐはぐだったりするのかなとも思います。クズ寄りの人だけどセックスに対する考え方は真面目で浮気はしない、という人もいると思うので。
── 志川自身も、とある女性に「彼氏いるんですか」と聞いて、無神経な発言をしたと気づく場面がありますよね。
あれは絶対に言わせようと思っていました。私自身も自分はスーパーセックスワールドが分からないと言いながら、周囲の人はみんなスーパーセックスワールドの王道をいっていると思いこんでいたところがあります。仲がいい男女がいた時、その人たちのセクシュアリティを知りもしないのに「二人は絶対お似合いだよ」などと言ったこともありました。なので、あの場面は自戒の念もこめて書いておきたいなと思いました。
── さて、美織さんについては意外な事実が見えてきます。作中、「誰でもそれぞれの地獄を背負っている」という言葉が出てきますが、美織さんにとっては、「地獄」が違う言葉に変換される。彼女の人生観や人間観に圧倒されました。
美織さんが消えた理由は、最初はもっと利己的なものを考えていたのですが、もうちょっと愛情を出したいなと思って。改稿するうちに変わっていって、そのなかでああいう言葉も出てきました。美織さんは人に対しての距離感がバグっているなと私は感じたので、そうした部分は残しつつ。
── 美織さんや周囲の人とのやりとりを経て、最後、志川はようやくここにたどり着いたんだと思いました。
最初は、主人公がスーパーセックスワールドの世界で自分なりのセックスを見つける、みたいな展開を考えていたんです。けれど書いていくなかで、それよりもスーパーセックスワールド以外の部分というか、主人公にとって大事にしていきたい世界にフォーカスしていく話なのかなと思ったんです。スーパーセックスワールドが分からないままでも、そういうものがあればやっていけると思えるものを見つける、くらいの終わりのほうが落ち着きがよい気がしました。
── スーパーセックスワールドに馴染めないなにかを感じている人たちは、読んで励まされると思います。
そうだといいなと思います。セクシュアリティに関係なく、このスーパーセックスワールドとはなんだろうと感じたことがある人にはぜひ読んでもらいたいし、読んでどう感じるのかはすごく知りたいです。
── 予想外な世界の広がりを見せてもらえて、本当に面白かったです。
ありがとうございます。