「打倒トランプ!」の先にあるもの
三牧 ですから、たとえトランプ政権が打倒されたとしても、「私たちはトランプ的なものを克服した」という成功体験がアメリカ例外主義をさらに強化するならば、それは「トランプ的なもの」を本当に乗り越えたとはいえないのではないか、とも思うのです。
トランプ後のアメリカには、トランプのような政治家が生み出された自国の土壌を真摯に反省し、謙虚な姿勢で他国の成功を参考にアメリカを立て直し、多様な存在を認めあう多元的な国際秩序を模索してほしい。しかし、「我々はトランプの脅威すら乗り越えることができた、いよいよ素晴らしい」と、アメリカ例外主義をむしろこじらせてしまう可能性もあります。
ベトナム戦争で300万人が犠牲になった、2001年の9.11テロを受けて開始された「テロとの戦い」に全世界の市民40万人が巻き添えになって犠牲になった、このレベルの大惨事を引き起こしてしまったら、「我々の国は根源的な過ちを犯しているのではないか?」という原罪レベルの罪悪感に苛まれ、何年も、何十年も反省がなされるべきですが、そうした反省の気配はないし、アメリカ例外主義が根本から問い直されることはついぞなかった。
「トランプを乗り越えなきゃいけない」という時に、単にトランプという個人を標的にするのではなく、他国を尊重しない「例外主義的な思考の型」を根源から問い直す必要があります。そうしない限り、すぐにまたトランプ的なものが誕生するでしょうから、克服の仕方も問われます。トランプが政界を去ったとしても、共和党の最有力大統領候補は「トランプ以上の米国第一主義者」ともいわれる副大統領のJ.D.バンスですし。
李 今、J.D.バンスの名前が出ましたが、彼の自伝的小説である『ヒルビリー・エレジー』がすごく評価されているんですね。でも僕は『絶望死のアメリカ』という本を先に読んでいたせいかもしれないですけど、そんなに感心しなかった。読みながらずっと、「じゃあ何でトランプの副大統領をしているの?」という「?」が付いていました。それに、2016年ぐらいの時点では、バンスはトランプを批判しているんです。
三牧 そうした批判ツイートを全消しして、トランプに詫びを入れて、2022年の上院議員選挙でトランプの公認を得て勝利しましたからね。
李 だからイーロン・マスクも非常に問題ある人ですけど、バンスと比べると、「アメリカの債務を減らしたい」という信念の下、トランプと対立したマスクの方が、まだましだったんじゃないかとすら思えてきます。
今トランプがやっている公助の削減は、極貧の中から公助に支えられて、バンスがエリート的な出世を果たし、アメリカンドリームを掴んだ、その芽を摘むような政策ですよ。
三牧 そうですね。今、トランプ政権が通そうとしている減税法案、あれは高所得者層ほど恩恵が厚く、低所得者層にとっては、減税の恩恵より、社会保障や食糧支援のカットによるマイナスの方がはるかに大きい。「労働者のための大統領」と掲げ、労働者票を積み上げて勝利したトランプが、権力を握るや否や、労働者を裏切っている。
李 『ヒルビリー・エレジー』を読んでいると、「州立大学に行くより、私立大学に行く方が奨学金か助成金をいっぱいもらえるから授業料が安いんだ」とか書いてあって、「いや、あなた。めっちゃ助けられているじゃないですか!」と思って。バンスは書いていることと、今やっていることが違いすぎます。トランプ批判のツイートを全消しして、変節して、そこまでして実現したい何かがあるのか。
三牧 やはり、大統領の座なのではないでしょうか。
李 権力欲だけしかない人物なのか……。ともかく、あの本は少し警戒した方がいいように思いながら、読んでいました。