“アジア唯一の合法国”にして“合法大麻の楽園”
2022年、タイでは大麻が事実上、合法化された。 当時の政権は「医療利用のため」という建前を掲げながらも、実際にはディスペンサリー(大麻販売店)が急増し、観光地、特に歓楽街周辺では大麻のにおいが漂うのが日常となった。
以来“アジア唯一の合法国”としてタイには世界中の旅行者が詰めかけている。
これまで、大麻の購入にパスポートなど身分証の提示は不要。診断書も処方箋も必要ない。未成年や妊婦など、明らかに“断られるべき人”を除けば、外国人でも簡単に購入できていたのが実態だ。
飲食店やホテルでの使用が黙認されていた時期もあり、“喫煙OK”の焼肉屋が話題となったこともある。歩きタバコならぬ、「歩き大麻」も決して珍しい光景ではなかった。そこには“合法大麻の楽園”と呼ばれる“ゆるさ”が、確かに存在していたのだ。
しかし、2025年になって状況は大きく揺れ動こうとしている。タイ政府は改めて「大麻の使用と販売は医療用途のみに限定する」と発表し、そのために「大麻の購入には医師が出した処方箋が必須」というこれまでになかった明確なルールが課された。
これにより、これまで誰でも店で自由に購入できていた“アジア唯一の合法大麻”に、大きな転機が訪れた……はずだった。
かたちだけの「処方箋」と“政治の都合”による規制
再規制の象徴とされたのが「処方箋の取得」の義務付けだ。
「購入時には医師による診断が必要とされ、処方箋を持っていないと大麻は購入できない」
というアナウンスに、多くのユーザーが戸惑った。SNS上では、「どのクリニックで処方箋が発行されるのか」といった情報が飛び交い、混乱が広がった。
本記事を執筆している2025年7月現在は、ルール改定のための体制整備はまだ猶予期間中である。実のところ、現時点でクリニックなどにわざわざ処方箋をもらいに行く人はほぼいない。
バンコクのディスペンサリーでは、店頭で「名前/症状/パスポート番号」を専用の処方箋フォームに記入するだけで簡単に大麻が購入できるのである。
しかも、そういったルールがあるのは観光客が多いエリアの、一部のディスペンサリーのみ。少しローカルなエリアに行けば、「処方箋」という言葉すら出てこない。つまり、実質的には再規制以前とほとんど変わっていないのだ。
あるディスペンサリーのタイ人スタッフはこう語る。
「タイはいつもこう。進んだと思ったら、すぐに無駄な後退をする」
「今回の再規制も“政治の都合”にすぎない。本気で取り締まる気なんてないよ」
制度だけが先行し、現場の実態とは乖離している。そんな“ねじれ”が、今のタイにはある。