「差別なんてつまらない」と思える社会に

 僕が大学に入って、基礎演習でレポートの書き方を学ぶ授業があった時、実は課題文献が内田先生が書かれた文章だったんです。そこで僕が書いたレポートが満点で、うれしくて、その時に初めて「自分は研究に向いているのではないか」と思いました。

あと、こういう出自なので、思想的にリベラルではあったんですけど、でもリベラルって端的に言うと、他人への寛容を説きつつ、自分には厳しく、常に「自分が何らかの偏見を持ってないか」をチェックする必要性に駆られて、それではみんながついてこられないと思ったんですね。

他方で、僕が高校生から大学生の頃は、いわゆる「新自由主義」がはやっていて、弱肉強食の思想で、自分にも他人にも厳しくみたいな。これもほとんどの人はついていけないだろうなと思いました。

「自分に甘く他人には厳しい人」だけだったら、社会は成立しないんですけど、僕が大学生の時は東浩紀の環境管理型権力みたいな、「インフラストラクチャーを操作して政治を行おう」という議論がはやっていた。もちろん東さんはそれほど単純な議論をしていませんが、それが今では「無意識データ民主主義」といって、一人ひとりが社会のことを考えなくても、AIがいい感じに調整して社会を構築してくれる、みたいなビジョンが生まれています。それなら「自分に甘く他人には厳しい」人たちばかりでも社会は成立するんですけど、それもまずいだろうと。

僕が望んでいたのは、「自分にあまり負荷がかからないけれど、他人に優しくできる社会」。常に「おまえ今差別しただろう」とか言わずに、でも「差別なんてつまんねえよな」と思える、そういう社会システムって誰か提唱していないのかなと思った時に、内田先生の『ためらいの倫理学』に「とほほ主義」というのがあった。これがばっちりというか、「まさにこれだ!」と思いまして。

内田 なるほどね。それは宮崎哲弥を少し批判的に論評したときに使った言葉なんです。「彼には〝とほほ〟の感覚がない」と。小田嶋隆や高橋源一郎にはあるけど、彼にはない、と。「とほほ」とは何かというと「共犯感覚」なんですよね。

「今の社会がろくでもない」というのは確かですけれども、それを外側から批判する権利は僕たちにはない。だって、現に選挙権を得てから何十年も経っているわけです。言論の自由、集会結社の自由を享受してきながら、「こんなふう」になってしまったとしたら、それをもたらした責任の一端は自分にもある。自分が非力だったから、自分のアイデアに現実を変える力が足りなかったから「こんなふう」になってしまった。

だから、切れ味のいい、他責的な言葉づかいでは現実について語れない。語ってもいいけれど、その批判はそのまま自分に跳ね返ってくる。そうすると、つい「とほほ」というため息が洩れるわけです。

「とほほ」とへたり込んだところから、またなんとか立ち上がって、「なんとかしなきゃいけないなあ」と思う。とりあえずわかってることは、集団のパフォーマンスを上げるためには、誰かのパフォーマンスを下げるというのはしちゃいけないということです。これも繰り返しになりますが、集団のメンバーの誰かを傷つけたり、論破したり、屈辱感を与えることによって集団全体のパフォーマンスは上がらない。

長く教師をやっていると本当にわかるんですけれど、「みんなに可能性がある」というのは理想論じゃなくて、教師の実感なんです。でも、可能性の発現を自分自身で抑圧している。小さく固まった自分自身であることに居着いている。その「居着き」からどうやって彼らを解き放つかと、というのが僕の教える者としての課題なんです。

写真/Shutterstock
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その子たちを責めてもしようがないんですよ。撒いた種子が芽を出さないからと言って、種子を責めても仕方がない。それよりお水をやって、肥料をあげる方がいい。教育はそういう植物的な比喩で考えた方がいいんです。なかなか芽を出さない種子に対しては、忍耐強く、芽が出るのを待つ。