日本企業の「ジョブ型雇用」を阻む解雇法制や降格人事の難しさ「それでも従来のメンバーシップ雇用にメリットがないわけではない」とされる理由
組織の経営・マネジメントに詳しい小笹芳央氏は、昨今議論されている「ジョブ型雇用(職務に対して報酬を決める働き方)」が日本に根付くのは難しいと指摘する。日本では「メンバーシップ型雇用」と呼ばれる、業務内容や勤務地などを無限定に雇用契約を結ぶ雇用システムがメインで、解雇法制の厳しさや降格人事が難しいという事情があるからだ。
書籍『組織と働き方の本質』より一部を抜粋・再構成し、メンバーシップ型雇用の利点とともに、今後の展望を解説する。
組織と働き方の本質 #2
日本版ジョブ型雇用は、経営努力の結晶
本来のジョブ型は、仕事を規定し、その仕事ができる人を採用し、仕事を任せます。ですから、経済環境やテクノロジー、経営戦略によってAという仕事がなくなれば、その仕事を担っていた人を解雇することができます。
仕事がなくなったのだから、その仕事をしていた人を解雇するのは当然という考え方です。仕事がなくなったら、他の仕事を与えるべきと考える日本版との大きな違いです。
そして、新たな仕事が必要になれば、その仕事を規定し、報酬を決め、人材を募集し、その仕事ができると判断した人を採用し、仕事を任せます。
つまり、外部環境や経営戦略に応じて、臨機応変に人の採用・解雇ができる雇用システムが真のジョブ型なのです。
しかし、日本では解雇法制の厳しさがあります。また、産業別や職種別の組合ではなく企業別組合が中心です。このような背景から真のジョブ型への移行は困難だと言えるでしょう。
私は逆に旧来のメンバーシップ型の良さも見直すべきではないかと考えています。おそらく、このような考えは少数意見でしょう。
解雇法制の緩和に関しては必要だと考えますが、臨機応変に人の採用・解雇ができる雇用システムが日本に定着するようにはどうしても思えません。むしろ中長期的な成長を志向したメンバーシップ型の利点も残すべきだと考えます。
メンバーシップ型によって働く個人の心理的安全性を担保しながら、一方で必要に応じて前向きな関係解消も可能な状態を作ること。
この一見矛盾するようなテーマを昇華させる最適解を探ることが、今後の企業経営に求められる大きな挑戦テーマだと考えています。今後もいろいろな会社で最適解を探る試行錯誤が続くことになるでしょう。
バズワードのように広がっている日本版ジョブ型雇用の正体は、社員との柔軟な「関係解消」ができないという縛りの中で、人件費の再配分を行うための苦肉の策(=日本企業の知恵)であり、経営努力の結晶だと言えるのではないでしょうか。
さて、あなたの会社では「ジョブ」や「ポスト」に報酬を払っていますか?「人」(=能力や成果)に報酬を支払っていますか?
それとも能力等級と役割やポストを組み合わせたハイブリッド型ですか?
いずれにせよ、ジョブ型雇用というフレーズに惑わされずに、そもそも論でどのような評価や報酬の仕組みが「One for all,All for One」の実現に近づくのかを考えること。いまは社会的な試行錯誤のプロセスだと解釈していいと思います。
これに関しても、リアル出社かリモートワークかと同じく、人材の優秀層がどのような仕組みを望むのかが、企業の対応を決めることになるでしょう。
写真はすべてイメージです 写真/shutterstock
組織と働き方の本質 迫る社会的要請に振り回されない視座
小笹芳央
2025/4/11
1,980円(税込)
224ページ
ISBN: 978-4296122950
【内容紹介】
「人的資本経営」「パーパス経営」「ジョブ型雇用」
「自律分散型組織」「女性管理職比率」……
トレンドワードに捕らわれず“核心”を捉えよ!
組織変革の第一人者が、経営・マネジメントの“あるべき姿”を解説。
本書は、日本の組織変革の第一人者である著者が「会社とは、いったい何か」「組織は、どうあるべきか」という“本質”を主軸に、経営やマネジメントの在り方を解説するものです。
近年、企業を取り巻く環境は目まぐるしく変化を続けており、今後の予測が極めて困難なため、「経営の中長期的な見通しがつかない」と言われるようになっています。その影響で、「各企業は世の中の潮流に乗るためにバズワードに飛びつくものの、いつの間にかその本質を見失い、『手段』が『目的化』してしまっているケースが多発している」と、著者は警鐘を鳴らしています。
「人的資本経営」「パーパス経営」「ジョブ型雇用」「自律分散型組織」「働き方改革」「女性管理職比率」「ダイバーシティ」……。実に多様なキーワードが広まり、国や社会からの要請も増えています。しかしながら、それらの本質を見抜くことなく、当面の対応をしがちになり、従業員の時間と労力は会社の見えないコストとして生産性を押し下げ、また対応した人間の仕事への効力感や誇りを奪っているケースが散見されると、著者は分析。
「このままでは、経営者や管理職層、働く人々が徒労感や無力感に襲われてしまうのではないかという憂いと、日本企業の国際競争力がさらに低下してしまうのではないかという危機感を抱くようになりました。私の過去の経験や現在の立場上、どうしてもこのまま世の風潮に対して沈黙していてはいけないという感情に突き動かされたのが、本書を執筆することになった理由です」と著者は語ります。
著者が経営する会社は、経営学・社会システム論・行動経済学・心理学などの学術成果をもとにした基幹技術「モチベーションエンジニアリング」を開発し、国内最大級の社員クチコミデータベース(約1,860万件)や、組織状態データベース(延べ12,650社、509万人)、人材育成関連データベース(延べ11,640社、148万人)など、膨大なデータを蓄積してきました。
本書は、それらをもとにした統計的なファクトデータやコンサルティングの豊富な実例を交えながら、トレンドワードの本質に迫り、組織変革のあるべき姿を描き出します。
経営者や管理職のみならず、人事・経営企画・IR・広報担当者などのコーポレート部門、さらには次世代を担うビジネスパーソンにとっても企業変革のための示唆に富む一冊です。
【目次】
第1章 会社・組織・マネジメントの本質
1「会社」とは、いったいナニモノなのか
2「組織」の成立要件と存続要件
3「マネジメント」の本質的な役割
第2章 社会的要請の本質
1「女性管理職比率」の罠
2「人的資本経営」の真相
3「働き方改革」の困惑
4「日本版ジョブ型雇用」の正体
第3章 個人の働き方の本質
1「働く個人」は「投資家」である
2「ワークライフバランス」の落とし穴
3「キャリアデザイン」の幻想
4「副業・兼業」の是非
第4章 組織変革の本質
1「自律分散型組織」の限界
2「パーパス経営」の成否
3「ダイバーシティ」を深掘る
4「組織変革のメカニズム」を解き明かす
第5章 環境変化適応の本質
1「テクノロジーの進化と仕事」の未来を展望する
2「労働市場適応」のサバイバル
3「均衡状態に安住する」+「手段の目的化」という病