天才は必要ない、参加する市民が必要。

李 vTaiwanやJoinなど(*1)、あなたが関わってこられた台湾のデジタル民主主義の実践はしばしば「奇跡」だと称されます。あるいは、オードリー・タンという天才がいたからだ、とも。デジタル民主主義を奇跡でも、天才が主導するのでもないかたちで推進するために、必要なステップは何だと思いますか?

李舜志氏
李舜志氏
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タン 台湾にあるのは魔法ではなく、オープンなレシピです。最初の材料は、権威主義の集合的記憶であり、これが極端な立場への免疫を付与します。次の材料は、政府のデジタル化以前から存在していた活気ある市民社会です。最後の材料は、政府がその市民社会に浸透することです。

真のイノベーションは制度的なものでした。例えば、若者が大臣に教える仕組みである「リバースメンター」や、官僚がキャリアリスクを負わずに実験できる「総統杯ハッカソン」(*2)など。

これは、普通の人々が普通のことをする中で非凡な成果が生み出されるようなシステムを設計することです。まさにマジック:ザ・ギャザリングのシンプルなルールが無限の組み合わせを生むように。

民主主義は発酵のための元種のようなものです。適切な条件と忍耐が必要ですが、一度根付くと驚くほどレジリエントで、共有できるものです。天才は必要ありません——ただ、参加する市民が必要なのです。

「空気を読む」を創造のスキルへ

 日本は調和を重んじる国だとよく言われますが、同時に「空気」が支配する国だと言われることもあります。このような日本社会で、多様な声を歓迎し、対立を創造に変えることはできるのでしょうか?

タン 日本の調和を重んじる価値観と「空気を読む」という実践は、高度な社会的知性の現れです。課題であり、同時にチャンスでもあるのは、この調和の追求が、意図せずして貴重な少数派の意見の抑圧や、建設的な反対意見との対話を避ける傾向に陥らないようにすることです。

デジタルツールはここで重要な役割を果たすことができます。Pol.isのようなプラットフォームは(*3)、匿名で意見のスペクトラムを可視化することで、集団の「空気」をより明確にすることができます。

これにより、個人が「空気」に逆らって意見を表明することで社会的地位をリスクにさらすことなく、合意がどこにあるか、多様な視点がどこに集まっているかを把握できるようになります。これは、同調圧力によって隠蔽されがちな「意見や価値観の違いが浮き彫りになる領域」を見つけるのに役立ちます。

目指すべきは「空気を読む」感度をなくすことではなく、その感度をより多くのデータで豊かにし、多様性を包摂する力へと進化させることです。これは「空気を読む」という行為を、多様性に対する潜在的な制約から、広範囲の貢献を統合し意味づけする高度な社会的スキルへと変革し、それによってよりダイナミックで創造的な調和を育むことなのです。

 あなたの本は、日本において幅広い読者の関心を引き付けると思います。それは、多くの人々がデジタル民主主義の推進にさらに取り組むきっかけとなるでしょう。一人ひとりの読者がその普及と影響力を深化するためにできることは何でしょうか?

オードリー・タン氏
オードリー・タン氏

タン もし『PLURALITY』が触媒であるなら、その真の価値は、読むことではなくそれによって生まれる行動に現れるでしょう。

まず、本書の内容がご自身の経験や地域の文脈とどのように共鳴するかを考えてみてください。次に、それを会話、読書会、オンラインフォーラム、または短いブログ記事など、さまざまな形で共有してください。アイデアを最も効果的に広める方法は、それを自分なりに解釈し、情熱を持って共有することです。

コミュニケーションの仕方には注意してください。問題の指摘にとどまらず解決策を共有し、異なる意見を持つ人とも積極的に合意できるポイントを見つけ出そうとすること、それが建設的な対話を促進するカギです。

一晩で国家全体を変える必要はありません。小さな実験から始めてみましょう。地域の課題解決に「デジタル・デモクラシー2030」のツールを導入したり、クラブで透明性のある予算議論を始めたり、住んでいる地区でブロードリスニングを試したりしてください。こうした小規模な取り組みは、具体的な事例を提供し、他の人にとっても弾みとなるでしょう。

民主主義は状態ではなく実践です。そして、実践はマニフェストを通じてではなく、日々の小さな繰り返しを通じて広まります。やがて、ある日、世界が変わったことに気づくでしょう——革命ではなく、共に生きるための幾多の小さな実験を通じて。

さぁ、この無限のゲームを共に築いていきましょう。

構成協力/高山リョウ
写真/オードリー・タン氏(撮影:もろんのん)、李舜志氏(撮影:内藤サトル)

脚注

(*1) vTaiwan  Join
台湾のデジタル民主主義を推進してきた市民ハッカーのコミュニティ「g0v(ガブゼロ)」が構築したプラットフォームがvTaiwanであり、Joinである。vTaiwanは国民と政府が双方的に法案を討論できるプラットフォームとして2014年に構築。ピーク時には約20万人のユーザー(台湾人口の約1%)が参加し、Uber進出時のライドシェア規制など28の問題について詳細な審議が行われ、そのうち80%が立法措置につながった。

Joinは2015年から公開されている2つめのプラットフォームで、市民からの提案で60日以内に5000件の賛同を得られたものには、行政は2ヶ月以内に書面で返答する義務がある。2017年には16歳の女子高校生による「プラスチック製の皿やストローの使用禁止」の提案が熟議の末に法案として提出され、プラスチック製ストローの使用が段階的に禁止されることになった。Joinは創設以来、人口の約半数が継続的に使用しており、1日あたり平均1万1千人の重複なきビジターがいる。

(*2)総統杯ハッカソン

2018年より台湾総統府が毎年開催している政策提案の大会。政府が提供するオープンデータを活用して、民間のチームから公共政策の改善案を募集し、その内容を競う。上位5チームが表彰され、受賞したアイデアは政策として実行される。過去に国内外から1000件以上の応募があり、「電子カルテ等の導入による遠隔地診療の改善」などが実装された。

(*3) Pol.is

vTaiwan上で使用されている、合意形成のためのソーシャルメディア・ツール。2015年のUber台湾進出時の議論の際にも使用された。議題となる投稿に対して「賛成」「反対」「パス・不確定」の選択肢のいずれかをクリックすると、オピニオンマップ上に投票結果として集計され、匿名のアイコンとしてグループ表示される。マップ上には各グループの代表的な意見が表示されるが、「賛成か反対か」の二項対立ではなく、意見分布がスペクトラムとして表示されるため、グループ間の分断を「橋渡し」する視点が提供される。さらにユーザーが橋渡しを促進する質問をすることで、新たな視点の議論が生まれ、合意形成への道が開ける。

PLURALITY 対立を創造に変える、協働テクノロジーと民主主義の未来
オードリー・タン (著)、 E・グレン・ワイル (著)、 山形浩生 (翻訳)、⿻ Community (その他)
PLURALITY 対立を創造に変える、協働テクノロジーと民主主義の未来
2025/5/2
3,300円(税込)
624ページ
ISBN: 978-4909044570

世界はひとつの声に支配されるべきではない。

対立を創造に変え、新たな可能性を生む。
プルラリティはそのための道標だ。

空前の技術革新の時代。
AIや大規模プラットフォームは世界をつなぐと同時に分断も生んだ。
だが技術は本来、信頼と協働の仲介者であるべきだ。

複雑な歴史と幾多の分断を越えてきた台湾。
この島で生まれたデジタル民主主義は、その実践例だ。
人々の声を可視化し、多数決が見落としてきた意志の強さをすくい上げる。
多様な声が響き合い、民主的な対話が社会のゆく道を決める。

ひるがえって日本。
少子高齢化、社会の多様化、政治的諦観……。
様々な課題に直面しながら、私たちは社会的分断をいまだ超えられずにいる。

しかし、伝統と革新が同時に息づく日本にこそ、照らせる道があると著者は言う。

プルラリティ(多元性)は、シンギュラリティ(単一性)とは異なる道を示す。
多様な人々が協調しながら技術を活用する未来。

「敵」と「味方」を超越し、調和点をデザインしよう。
無数の声が交わり、新たな地平を拓く。
信頼は架け橋となり、対話は未来を照らす光となる。

現代に生きる私たちこそが、未来の共同設計者である。

《著者からのメッセージ》

真の調和とは差異を避けることではなく、多様な声を積極的に束ねて共通の目標へ向かうことにある。日本こそが、次なる道を照らし出す存在になり得ると強く信じている。
ーーーオードリー・タン

プルラリティは、世界中のめまいがするほど多様な文化から引き出した伝統を、完成させ、折り合わせ、慎重にハイブリッド化して改善するという昔ながらの日本の誇りと共鳴するものだ。
ーーーE・グレン・ワイル

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テクノ専制とコモンへの道 民主主義の未来をひらく多元技術PLURALITYとは?
李舜志
テクノ専制とコモンへの道 民主主義の未来をひらく多元技術PLURALITYとは?
2025年6月17日発売
1,188円(税込)
新書判/264ページ
ISBN: 978-4-08-721369-0

世界は支配する側とされる側に分かれつつある。その武器はインターネットとAIだ。シリコンバレーはAIによる大失業の恐怖を煽り、ベーシックインカムを救済策と称するが背後に支配拡大の意図が潜む。人は専制的ディストピアを受け入れるしかないのか?
しかし、オードリー・タンやE・グレン・ワイルらが提唱する多元技術PLURALITY(プルラリティ)とそこから導き出されるデジタル民主主義は、市民が協働してコモンを築く未来を選ぶための希望かもしれない。
人間の労働には今も確かな価値がある。あなたは無価値ではない。
テクノロジーによる支配ではなく、健全な懐疑心を保ち、多元性にひらかれた社会への道を示す。

◆推薦◆
「本書はデジタル技術を活用し、社会の対立を前進する力に変え、自由と幸福を求める現代にふさわしい共通の物語を紡ぎ直す方法を示している」
オードリー・タン氏(元台湾デジタル発展省大臣)

「この魅力的な小さな本は、私たちの本(“PLURALITY”)のレッスンを学術的かつ日本的な視点から再構成したもので、新しい読者、とくに学生たちにより協力的な未来を築くために何ができるかを示している」
E・グレン・ワイル氏(経済学者、マイクロソフトリサーチ首席研究員)

「テクノロジーの"ダークサイド"ではなく、"サニーサイド"についての書。読んでちょっとだけ希望の灯が見えた」
内田樹氏(思想家)

「新たな帝国主義と自己利益を追求する究極自由主義。そのいずれでもない第三の道を示す希望の書」
田中優子氏(法政大学名誉教授)

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