結局はケースバイケース? 罰則規定なしと曖昧さの理由

最後に、そもそもなぜ条例に罰則がないのか、という点について尋ねてみた。

土下座の強要や店員を威圧するというカスハラの典型的行為は、威力業務妨害、公務執行妨害、強要といった既存の法律でも対応可能なものだ。しかし、この条例が、近年高まるカスハラ対策の必要性を受けて制定・施行されたという背景を考えると、新たに罰則規定を設けるべきとの意見があったことも想像がつく。

これについて、担当者は「社会全体にカスハラをやってはならないという認識を根づかせていく」として、次のように答えた。

「まず、法律や条例に罰則を設ける場合は、『どのような行為が処罰の対象となるか』を明確に定める必要があります。ただ、それは裏を返せば、『定められていない行為はやってもいい』という誤ったメッセージを与えかねません。この点は、条例の検討段階でも議論になりました。極めて悪質な行為には刑法等が適用されます。

そのため今回は、条例では 罰則を設けず、広く網をかける形を取りました。そのうえで、『何人も、あらゆる場でカスタマーハラスメントをしてはならない』という原則をしっかりと明示したのです。この条例では、社会全体にカスハラをやってはならない という認識を根づかせていくことを、目的のひとつとしています」

東京都庁(PhotoACより)
東京都庁(PhotoACより)

「広く網をかける」とはいうものの、前回の取材で客側からは「何か言っただけでカスハラ扱いされるのでは」と、曖昧さに戸惑う声も複数聞かれた。

この点について尋ねると、担当者はこれまでも繰り返し言及してきた“度合い”や“程度”という観点を、あらためて強調して解説してくれた。

「結局のところ、ポイントとしては、顧客などから就業者に対する行為がその業務に関して行われる『著しい迷惑行為』にあたるかどうか、そしてそれによって『就業環境を害するか』どうかが、カスハラに該当するか否かの判断基準になります。

たとえば、写真を撮ってSNSに投稿したからといって、すぐにカスハラと決めつけられるわけではなく、場面や状況によって異なります。

先ほどの例で言えば、お祭りの運営やお御輿を担ぐ人の安全に支障が出るかどうか、人格や尊厳を侵害するほどか、身体的・精神的苦痛を受けて行事の実施に影響が出るか——つまり『そのレベルに達しているのか?』という点が問われるわけです。

企業と顧客の関係も同様です。やりとりのなかで少し大きな声を出したからといって、必ずしも即カスハラとはなりません。社会通念に照らして不相当かどうかという“程度の問題”であり、やはり重要なのは『就業環境を害するかどうか』なのです。

おそらく今後、さまざまなご意見が寄せられると思いますので、私たちとしても運用を進めながら課題を見つけ、必要に応じてブラッシュアップしていければと考えています。なお、条例の附則第2項にも、社会環境の変化等に応じて見直す旨が規定されています」

この担当者はまた、昨年9月26日に行われた東京都議会・経済公安委員会において、カスハラ防止条例における「就業者」の定義をめぐり、「動画配信者も就業者にあたる」との認識が示されたことを教えてくれた。

動画配信者といえば、あえて非常識な行動に出る“迷惑系ユーチューバー”や、記者会見の場で怒号や自説を繰り返して混乱を招く“迷惑系ジャーナリスト”の存在が問題視されている。もし彼らが“凸配信”などで迷惑行為の応酬を繰り広げた場合は、両者がカスハラ認定される珍事にもなりそうだ。

動画配信者も「就業者」にあたるというが……。写真はイメージです(PhotoACより)
動画配信者も「就業者」にあたるというが……。写真はイメージです(PhotoACより)
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取材・文/集英社オンライン編集部ニュース班 サムネイル/PhotoACより