経済学ではもう資本市場の分析をできなくなっている

松本大 氏
松本大 氏

服部 金利の急上昇を経験した市場参加者は今ではかなり少ないですよね。

松本 機関投資家や証券会社の取締役まで行ってもほぼいないですよね。知っている人は、日銀の植田和男総裁と、かつて僕の部下だったGPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の植田栄治CIO(最高運用責任者)ぐらいかもしれませんね。

そうすると、いざ金利が動き始めた時に市場参加者に経験値がないので、動きが行き過ぎちゃう可能性があります。みんなが金利なんて上がるわけないでしょ?と言ってるうちに、何かのきっかけで突然激しく動く可能性があると思います。その可能性を、日銀総裁とGPIFのCIOが知っているというのは、不幸中の幸いと言えるかもしれません。

服部 ご著書では、金融教育に対する強い思いも感じました。東京大学に、資本市場の研究などのために10億円寄付していただきましたよね。

松本 2023年に個人で寄付しまして、そのお金で藤井輝夫総長直下に「応用資本市場研究センター」を作ってもらいました。これには理由があります。藤井総長と、産学連携を担当している相原博昭副学長はどちらも物理の先生なのが肝でして、実は僕は、資本市場は経済学よりも物理学のほうが近いと思っているんです。

たとえば、米国のFRBには多くの経済学者が所属していて、彼らがものすごく考えて金利調節をするわけです。ところが、それによる実体経済のスローダウンや活性化の効果よりも、いまや金利が金融市場を大きく動かしているから、その影響が実体経済に来る流れの方が大きくなっちゃってる。FRBはずっと流動性を増やし続けてきたし、さらにリーマンショックの時にもいっぱいお金を刷りました。そうして資本市場が膨れ上がり、その動きが実体経済を動かしてしまうようになったわけです。

私自身は、経済学ではもう資本市場の分析をできなくなっていると思うんです。もともとデリバティブの価格付けには熱伝導方程式が使われていて、完全に物理学の世界です。そして債券は数学の世界です。なので、資本市場を理解するには文系の学問である経済学から入るよりも、理系から入った方が分かりやすいと思います。

デリバティブは米国では非常に盛んですが、日本の金融市場ではオプション取引なんてないに等しいし、デリバティブに対する理解がめちゃくちゃ低い。でも、日本の学生の方が米国の学生よりはるかに数学はできます。だから大学の理系で金融工学を教えたら、みんな簡単に理解しちゃいますよ。文系でも興味がある人は受けられるようにしたらいいと、藤井総長にも話しました。

服部 私は経済学も資本市場を理解するうえで大切だとおもいますが、金融機関の債券セクションには理系が多いという印象はあります。市場参加者の中には、文系は株式で、理系は債券があっているということを言う人もいます。

理系の学部生に、資本市場や債券の基本を教えたほうがいいというお考えなんですね。実は、私の東大での金融の講義では理系の学生もかなり受講しています。金利の期間構造やデュレーション*6の計算などを徹底的に教えるってことですよね。

松本 そうですね、ボラティリティなどの計算もです。結局、債券でも株でも感覚じゃなくて、きちんと理論で把握できる人がいいんです。理系のクラスでそういう部品を教えておけば、その人たちが将来トレーダーになっても使えるし、政策決定者になっても使えるし、エコノミストになっても使えます。