低生産性、低成長という不幸な副作用
服部 債務残高が増加する中、1990年以降、基本的には金利は低下トレンドにあり、経済学者の中でもこのことは説明が難しい議論の一つだとされていると思います。これについてはどのように整理されていますか。
神田 これはいろんな理由があります。一つはリーマン・ショック以降、未曽有の規模の流動性を、主要国の中央銀行が供給したため、世界的に金利が低かったこともあると思います。
ただ、日本はとりわけ大胆な金融緩和策で市場における国債の需給まで事実上コントロールしたという特殊事情があり、金利上昇の抑制に寄与しました。しかし、より重要なのは、日本特有の国内資金循環の構造で、国内の経済低迷で企業の資金需要が著しく引く一方、家計や企業のホームバイアスが非常に強く、大量の現預金が国内金融機関に置かれ、眠ったお金が日本にあったことだと思います。家計だけでなく、非金融の企業部門で370兆円の現預金があり、ほかの国では考えられないような事態ともいえます。
もっとも、国内金融機関が国債を安定的に購入して、日銀に購入をサポートされるということが永続的であるわけではありません。実際、日本の金融政策は正常化に向けて動きだしていますし、急激な少子高齢化になると、家計の貯蓄率が下がって、家計貯蓄による国債ファイナンスが厳しくなるというのは、多くの人が予想していることです。
国民の金融リテラシーが上がったということもあります。健全にリターンを求める投資へのシフトであり、これ自体はいいことなのですが、国内の投資機会は魅力に乏しいため、ホームバイアスがなくなり、事実、毎月1兆円ぐらい、オルカンとか米国株に資本流出しています。このほかにも、銀行など国内金融機関の国債購入も期待されていますが、国際金融規制であるバーゼルⅢなどの要因もあり、余力にも限界があります。
我々が忘れてはいけないのは、一回市場の信用を失った場合のことです。例えばトラス・ショックを思い出しても、トラスさんが首相になって急に危機が起こったわけではないんです。ボリス・ジョンソンが去る数カ月前にその政策を発表していたのです。何もその秋のイベントはニュースでもなかったのですが、ただ、投機筋は虎視眈々と一番儲かるときを狙ってたわけです。
私は、トラス首相誕生の日も日英金融協議でロンドン英国政府と議論しており、その後もずっとフォローしてきましたので、マーケットの怖さをここでも実感しています。歴史的な事実を挙げればギリシャも指摘できますが、一回信認が崩壊したら、格付け会社のレイティングも暴落し、為替も株も債券も急落していくわけです。
イギリスのトラス・ショックでも、自国通貨建てかどうかは関係なく、市場で国債が暴落して金利が急騰します。日本の場合は、財政の持続可能性の信認が喪失すると、円が無価値になっていく方向で調整されるのではないか、という見方も強いところですが、そうなると、円で資産を有し、食料やエネルギーもドル建ての輸入に頼る普通の国民が悲惨なことになりますので、財政を持続可能にして、何とか阻止したいところです。
日本の場合、この低金利環境が安定的だと言う人います。しかし、実際にはそうでなく、一時的に何とか抑えているにすぎません。デフレ脱却には絶対に必要だった政策ですが、申し上げた通り、その副作用として低生産性、低成長という不幸な副作用が強まっていますし、インフレを抑えるために金利をノーマライズしていかざるをえない状況と考えられています。日銀が直接コントロールできない40年金利をみると、2022年は0.5%近辺だったんですが、今年の8月以降、2.5%を超えてます。