おいしいものは油脂(アブラ)と塩でできている
初日からこんな体験が得られるとは、と胸が湧き立つ思いがした。それは、のちに私が関わる商品開発にも多大な影響を与えた、自分なりの大きな発見であった。そのすべてを明かすことはできないが、導入だけでもお伝えしたい。
「おいしいものは、脂肪と糖でできている」という広告文をご存じの方は多いだろう。このキャッチコピーを考えた方は相当よく勉強されている、というか、食を客観視できていると思う。
日本人の食文化としては古来、油脂(アブラ)との関わりはそれほどなかったが、安土桃山時代にポルトガルの影響で長崎にてんぷらの原形となるものが上陸してから、江戸時代にかけてゆっくりと大衆に広がっていった(てんぷらの名は1669年『料理食道記』に初めて登場)。明治時代に西洋文化の流入が著しくなってようやく、「料理とアブラの密接な関係」が成り立ってくる。
糖も同じで、昔は薬屋で売られていたものが、食用油の普遍化と同じような流れで一般的になった。
やがてアブラと糖は、おいしさに欠かせないカギとなって定着した。
西洋料理の登場とその普及は、それまで穀物と野菜、魚が中心の食で育ってきた日本人にとって、パンドラの箱を開けたといっても過言ではない。わかりやすい代表は、少し甘くてトロリとしたデミグラスソース。
大人でさえ虜になる。ましてや子供がひとたびふんわりとしたハンバーグにかかったそれを食べると、「オイシイ!」と瞬間的に確実に、かつ深く脳に刻み込まれる。
この「ハンバーグのデミグラスソースかけ」という料理が、アブラと糖の象徴だ。日本でハンバーグがこれほど流行り、今でも隆盛を極めているのは、この麻薬のような〝いったん記憶に刷り込まれると消えない〟味を、幼いころから知っている人が多いからではないか。
しかも、味覚が敏感な幼児期にこれだけ中毒性を伴う味と出会っていたら、自分が親になったとき、その快感や感動を子供にも伝えたいと思うものだ。
その実、レストランや食品メーカーのたゆみない開発努力の甲斐もあり、現代ではいとも簡単に、子供にそれを体験させることができる。〝アブラと糖のアリジゴク〟へまっしぐらだ。そう簡単にはデミグラスソースのかかったハンバーグをやめられないのである。
先の料理店で発見したのは、この味の体験の裏づけとなる「油脂を操る」ことだった。