民主主義を信じている
リトビネンコがこの「大先輩」を訪ねた理由は何だったのだろう。
「思想的、哲学的に私たちは同じ立場にいました。民主主義を信じているということです。KGBの人間で英国に亡命し、生き残っている者はほとんどいません。だからサーシャは私に聞きたいことや相談があったんです。特に生活資金を心配していた」
ゴルジエフスキーは1985年11月に現在の自宅を購入する際、英国政府が費用の半分を負担した。年金も十分もらっている。「火星に送られる」のと同等の危険な任務をこなしたのだから当然だろう。でも、リトビネンコはその対象となるのだろうか。
「私とは立場が違います。彼(リトビネンコ)がKGBでやっていたのは組織犯罪の捜査です。米国の連邦捜査局(FBI)に近い。私は主に対外諜報活動です。米国ならばCIAの仕事です。しかも、彼は外国のインテリジェンス(秘密情報)活動に協力したわけではない。ロシアを出国した際、米国に亡命を申請しながら拒否されたでしょう」
リトビネンコは亡命後、ベレゾフスキーから生活を支援してもらっていた。自宅を用意してもらい、息子の学費の面倒も見てもらった。それでも将来を心配したのだろうか。
「ボリス(ベレゾフスキー)に感謝はしていた。一方で誇りを傷つけられた部分もあった。健康で若いのだから、自分の力で家族を養いたい。彼はそう思っていたんです」
訪ねてくると、リトビネンコはとにかくよく話した。
「あんなにおしゃべりなエージェントは初めてです。簡単な質問をすると、本題に入るまでに時間がかかる。だから、彼との会話を嫌がる者もいた。それはよくわかります」
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