泣きながら部屋から出て行った母親の気持ち
「お酒を止めたい人の〝群れ〟の中にいると安心感があった。徐々に人間関係も築けて、同じ問題を抱えるもの同士ですから、人には言えないドロドロした話も聞いてくれます。母親に包丁を突き付けられた話もしました。最初は苦しんでいる息子に包丁を突き付けるなんでひどいじゃないかと、自分のことしか考えられなかったけど。何度もその話をしている中で、ちょっとずつあのときの母の気持ちがわかってきた。
当時、母は息子がお酒で壊れていくのをジッと堪えていて。でも堪えきれなくなって、何とかしようと包丁を取り出して。母は我が子のお酒が止まってくれればと必死だったに違いない。泣きながら部屋から出て行った母親の気持ちを察すると、どれだけ傷つけてしまったか。ミーティングで体験談を繰り返す中で、そのことに気づき語れるようになって。もう、母親をそこまで追い込みたくない。お酒で仕事への信頼を失い、心が折れる苦しみを味わうのは嫌だ。断酒の〝群れ〟の中にいると、自分への戒めを見返すことができる。『飲みたくない自分』に体重がかかった軸足を、さらに強く踏みしめることができるんです」
復帰後は事務の仕事に就いた。10年ほど前に知人から横浜マックの話をもらった。
軸足を置く「飲みたくない自分」。それをさらに強く踏みしめるには、お酒で迷惑をかけた人の気持ちをおもんぱかること。そしてもう一つの大きな要素を内村さんは語る。
「なぜ、心や体や家庭や周りを壊すまで、飲まざるを得なかったのかということです。何かの理由があるはずで、わかりやすい例ではDVとか親の離婚とか、依存症者は幼少期に心に深い傷を負った人が目立ちます。自分で自分の心の傷を癒すため、お酒は都合のいい痛み止めだったのではないか。どこでも手に入るお酒は手っ取り早いし、自分の好きなタイミングで使えます。
自分の中の生きづらさを見つめ、ミーティングでそれを言葉にして自分の中で整理をする。自分が壊れるほど飲酒をする根本の原因を、自分で理解できていれば、社会復帰してストレスで苦しくなったとき、お酒を飲むことを思いとどまらせる大きな力になります」