ハイヒールを盗んで自慰行為の道具に

「ハイヒールを盗んでは、そのヒールを肛門に入れ自慰行為をする、という患者さんがいましたね」(山下さん、以下同)

耳を疑いたくなるようなその症例。

東京・池袋「ライフサポートクリニック」院長の山下悠毅さんに詳しく話をうかがった。

「患者は30代前半の男性。性癖が止められないということで、保護司を介して当院に来院しました」
(※保護司:犯罪や非行をした人の立ち直りを地域で支援する民間のボランティアで、法務大臣から委嘱された非常勤の国家公務員)

《症例 Aさんの場合》

中学2年生のとき、歯科医院の下駄箱にあったハイヒールに性的衝動を感じ、それを盗んで家に持ち帰った。

そのヒールを、自身の肛門に突き刺し、自慰行為をするようになる。

以後、ハイヒール窃盗の常習犯となり、飲食店、公民館などでハイヒールを奪っては逃げる。ときには階段を上がっている最中の女性のハイヒールを奪うこともあったという。

ハイヒールの窃盗行為で逮捕多数。服役9回。

親族には絶縁され、出所後は身寄りがないため生活保護を受けるが、問題行動を繰り返してしまう。

女性ではなく、とにかくハイヒール、しかも新品ではなく使用中のものに性的衝動を感じるそうで、ヒール部分は細ければ細い方がいい。

通院しつつ、当院のリカバリープログラム(依存症復職プログラム)を受け、症状は落ち着いた。

ところが2年ほど経ち、当院の女性ロッカーに侵入。看護師のハイヒールを見つけ、窃盗に及ぶ。

院内のトイレにてヒールを肛門に突き刺し自慰行為を行い、その後そのハイヒールは院内のゴミ箱へ捨てた。

捨てる行為の一部始終が院内の防犯カメラに映っており、事態が発覚。スタッフとの信頼関係が崩れたため、やむなく転院となった。

女性にとってはなんともはた迷惑な問題行動だ。だがこの症例について「本人の意志では止められない、典型的な行為依存」であると、山下さんが解説する。

「これは、性依存症だけではなく、フェチズムと呼ばれるケースも入っています。

フェチズムとは、性愛の対象が異性の存在全体ではなく、その身体の一部(毛髪、手、足、指、耳など。 通常は性器は含まない)や、関係する物品(相手の持ち物や身に付けたものなど)に対してとくに強く向けられる傾向のことを言います。

よくある例としては、ゴムやプラスチック、皮革のような、特殊な質感を持つものに魅かれるといったものです。

Aさんは、当院への通院を始めてから、毎朝の自慰行為と、医師による認知行動療法を受けることで2年ほど安定していました。

ところが、通院時にスタッフがハイヒールを履いて来たところを目撃してしまい、自己制御が困難となってしまった。

その後、転院されたのですが、再び女性の靴売場で、靴を試着中だった女性のハイヒールを盗み逮捕され、10回目の服役中です。本人からクリニックへ謝罪と報告の手紙が来ました」

Aさんのような性依存症の患者の脳内では、どんなことが起きているのか。

山下氏はこう解説する。

「性依存は『行為依存症』と呼ばれる依存症の種類となります。なお行為依存は、ギャンブル依存症も当てはまります。

このタイプの依存症は『チャレンジ依存症』とも呼ばれ、『チャレンジができそう』という場面に遭遇すると、脳から快楽物質のドーパミンが分泌され、問題行動を繰り返してしまいます。

恐ろしいのは、脳内からドーパミンが分泌されているとき、本人はその命令に気がつくこともあらがうこともできないのです」