敵を連れてくる編集者
京香が初めて登場し、その天然の悪役ぶりを発揮するのは、短編集『岸辺露伴は動かない』に収録されている「富豪村」です。
京香がどういうキャラクターなのかは、「富豪村」のはじめの方にある、露伴と京香の打ち合わせのシーンで表現しています。
45ページの読み切り短編で何を描くかという話になり、露伴が「『金環日食』の話とか」「どお?」と提案すると、京香は「わぁーっ とても おもしろそう ですねぇ♡」と一応肯定するような返事をしながら、実はまったく興味がありません。
そして、「でも それは そーとォ〰」「…それとは別に 『山奥の別荘』を 買いに行くお話とか 漫画にしません?」と、自分のやりたいことを強引に露伴に描かせようとします。
このやりとり自体が露伴vs.京香の微妙なバトルになっていて、ふたりはけっして仲がいいわけじゃないという関係が描かれ、さらに京香という人物は、仮にも編集者なのに漫画家の意見をまったく聞かず、自分の考えだけを押し通そうとしている、かなり身勝手な性格だということも伝わってきます。
そこから、「この子のせいで、露伴は何かトラブルに巻き込まれそうだな」という雰囲気もにじみ出るというわけです。
最初はムッとしていた露伴も、京香の話を聞いているうちに好奇心に駆られ、「そこにある別荘を買った人間は必ず大金持ちになる」という謎の「富豪村」を訪れることになります。
そこから絶体絶命の状況が生まれるわけですが、京香自身は、まさかそんな事態になるなんて思ってもみなかったでしょう。彼女はそのつもりがないのに敵を連れてきてしまう、けっこう怖い編集者なんです。
こういうキャラクターは、『岸辺露伴は動かない』のシリーズに欠かせません。というのは、露伴は漫画を描くための好奇心や探究心は異常なほど強いのですが、「殺人事件があったから見に行こう」と野次馬気分で出かけるようなタイプではないのです。
人の心を読める能力を持っていても、それによってトラブルを背負い込む可能性も大きいので、スタンドを使うのは本当に必要なときだけという分別も持っています。
第4部では、初対面の康一くんにいきなりスタンドを使ったりしていますが、最近の露伴は大人になったというか、自分の領域ではないところにはちゃんと一線を引いて踏み込まない、そういう慎みがあるキャラクターとして設定しています。
作者の立場から付け加えると、それによってやりたい放題のヤバいヤツにならないよう、ブレーキをかけているということです。たとえば、同シリーズの「密漁海岸」でも、クロアワビを密漁しに行ったのは親しくしている料理人のトニオに誘われたからで、単純な好奇心だけで自分から足を運ぶことはなかったでしょう。
そういう「動かない」露伴を引きずり出し、戦わせるためには、彼をトラブルに巻き込んでいくきっかけが必要です。
『岸辺露伴は動かない』には若い男性編集者も登場しますが、ちょっと天然ぽいニュアンスで露伴を引っ張り出すとしたら、若い女の子の方がそういう雰囲気を出しやすいですし、絵的に華やかになる効果も出せます。そうやって生まれたのが、京香というキャラクターです。