周りの人が理解して長年付き合っている

しかし約半年後、再び一人暮らしに戻りたいという訴えがありました。

施設では、仲良くなったほかの入居者と、その人の部屋で会ってはいけないことになっています(共用スペースのみOK)。知人が持ってきたおやつを入居者仲間に分けてあげたら、「食べ物のやり取りはNG」と怒られます。毎日の夕飯が午後4時半で、E子さんの生活リズムからするとちょっと早すぎました。そして、何よりE子さんは「朝のお茶が出がらしで、おいしくないのが耐えられない」と怒っていました。

施設側には、入居者全員の安全に配慮する必要があって、たとえばおやつの件では糖尿病などの持病がある人にお菓子をあげたら困るから、夕飯の件では午後6時にスタッフの交代があるため、逆算して夕飯は4時半という具合に、理由があってルールが決まっています。

両者が折り合うのはちょっと難しい状況。このような場合、そのままでは往々にして施設側から、帰宅要求が強いので服薬で鎮静できないか、と相談されるようになる事態でした。

認知症の人の、一見すると「家族や支援者を困らせる行動」の裏に隠れがちな真意_4
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しかし、E子さんの希望も無視できません。ただし、一人暮らしが再開できるかどうかは心配ですし、すでに自宅は処分していたので、90歳近いE子さんに家を貸してもらえるかも定かでなく、対応に苦慮していました。

しかし、数週間後に社会福祉協議会が借家を見つけてくれました。それで「一人暮らしが難しかったら、また別の施設を探しましょう」と話し合って退所し、お一人で暮らし始めて、今日まで約7年、無事に過ぎています。

定期的に訪問診療を続けていますが、E子さんはマイペースに過ごしているせいか、とても体調がいいのです。借家は以前も住んでいた地域にあり、入院前に通っていたデイサービスにも週1回、行っています。

意思がはっきりしていて、少しわがままなところがある人であっても、周りの人がそういう人だとわかって長年付き合っているようです。ヘルパーさんも週に1回、生活のサポートで入っています。

おなじみの環境で、マイペース。自分の好きなように生活していて、私に「ごはんを炊いて、お味噌汁ぐらいは作るわよ」などと、日常生活の様子を教えてくれます。お正月前には黒豆の作り方を教えてもらいました。認知症の症状にも大きな変化はありません。

早合点認知症
内田直樹
早合点認知症
2025/1/20
1,540円(税込)
240ページ
ISBN: 978-4763141972

名医たちが認知症の“見立て”を学びにくる認知症専門医が、
人生100年時代に無関心ではいられない認知症の「本当の話」をします。
「恐れる」認知症から、「備える」認知症へと変わる「新しい認知症観」について
現場を知り尽くす専門医がていねいに解説しました。


「認知症になると別人のようになる」「認知症にだけはなりたくない」
そう思っていませんか?
結論から言えば、多くの早合点が認知症の周辺にはあふれています。
認知症はいきなり何もわからなくなるのではなく、進行にはグラデーションがあること。
なかには治療可能な認知症があり、これは早期発見しなければ認知症が進行してしまうこと。

自分や家族が「認知症かもしれない」と思ったとき、まずすべきことは、やみくもに不安に陥って自暴自棄になることでもなければ、脳トレに励むことでもありません。
人生100年時代と言われる現代、誰もが当事者やその家族となりうる認知症について、
「認知症の診断」「治療」「周囲のかかわり方」「社会の取り組み」など、徹底解説します。

認知症の誤解されたイメージが先行すると、認知症を恐れるあまり、早期発見が遅れて引きこもり、かえって認知症が進行してしまうことがあります。
誤ったイメージを改善するために執筆された「新しい認知症観」は、できないことがあったとしても、自分らしく生きている人たちの事例とともに、希望のある話が満載です。

【目次より】
・医師、医療や介護のプロにも起こる「早合点」から身を守れ!
・「加齢によるもの忘れ」と「認知症のもの忘れ」はこう違う
・認知症を進行させてしまう「環境」がある
・「治せる認知症」があることを知っておこう
・「生活習慣病」と認知症はここまで深く関係している
・多くの「脳トレ」に科学的エビデンスなし、でも「楽しくできる」なら◎
・「アルツハイマー病」はなんと40代ですでに「ステージ1」
・軽度認知障害よりもっと手前、「主観的認知機能低下(SCD)」とは?
・「もしかして認知症?」まずはどう動いたらいい?

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