認知症の人を「困らせない」ためにできる工夫
私たちの訪問診療は、認知症の人が苦痛を感じている現場にうかがうことができるので、どういった理由でチャレンジング行動が生じたのか、病院で診察するより想像しやすいという利点を感じて、診療に当たっています。
そして認知症の人の診察で私が気をつけているのは、ご家族や施設スタッフとだけ話をして、当事者を置いてきぼりにしないことです。
また、ご家族などから「できないこと」「困ったこと」ばかり聞かず、「保たれていること」や「工夫次第で改善できそうなこと」を話題にし、逆にご本人にはあまり深刻にではなく、「苦手と感じること」「したくてできないこと」を聞き、その場のみんなで改善策を話すことにも気を配ります。
これは認知症の人だからそうする、というのではないですよね。誰に対しても、相手を敬う気持ちがあれば、そのような態度をとるのがマナーだと思っています。
しかし、認知症の人は「認知症だから話してもわからない」といった無礼な対応を受けることがしばしばあり、傷ついたり、諦めたりしていることも多いので、とくに配慮をするよう心がけています。
私が認知症の人との対話で参考にしていて、認知症の人のご家族などにも紹介をしているのは「ユマニチュード」という対応法です。
ユマニチュードはフランスの体育学の専門家イヴ・ジネスト先生と、ロゼット・マレスコッティ先生が開発したケアの技法です。
「見る」「話す」「触れる」「立つ」を「ケアの4つの柱」としたコミュニケーション法は、家庭生活にも取り入れやすいものなので、ご興味がある方はYouTubeで「高齢者ケア研究室」と調べると、対応例が多数紹介されていて、参考になります。
私がE子さん(89歳)を初めて診察したのは、入居者全員の定期訪問診療をお引き受けしている高齢者施設でした。少し前、骨折で入院。軽度のアルツハイマー型認知症のため、退院後、自宅での一人暮らしに戻るのは不安だということで、施設に入居されたということでした。
初診時は「人と話すのも好きだし、ここのルールを守って、楽しく生活していければいいと思います」と穏やかに話していました。