「2度か3度ほど音合わせをしたら、もう本番」

そうして歌う人が決まり、歌い分けが決まったら、そこからアレンジメントの作業に入ります。『FNS歌謡祭』では基本的にハウスバンドが生演奏を行うので、そのための譜面を書く作業です。

ここでもやはり念頭に置くのは、歌い手をどう生かすかです。譜面を書きながら、このサビの前半はオケを落として、ボーカルをクローズアップしようとか、原曲とはまた別の、テレビサイズのアレンジを考えます。

時間に制限があるなかでは、フルコーラスの演奏などできません。本来8小節のイントロを4小節にするのか、それとも2小節にするのか、はたまたイントロを省き、歌始まりにするのか。

でもイントロのこのきっかけがないとAメロに入りにくい。それだと歌いづらいので、歌終わりにしてエンディングをなくそうとか、考えなければならないことはさまざまです。もっとも最近では、原曲の再現性をより重視するような流れになってきました。

武部氏の手腕で多くの名コラボレーションが実現された
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本番当日はもちろんリハーサルを行いますが、コラボレーションを行う1組あたりの持ち時間は15分から20分くらいしかありません。リハーサルでミュージシャンとバンドが顔を揃え、2度か3度ほど音合わせをしたら、もう本番です。音合わせの段階で歌い分けを修正したり、オケの調整をしたりもしますが、やはり大事なのはそこまでの作業ということになります。

最初の打ち合わせから本番まで、期間はだいたい1ヵ月ほどでしょうか。テレビの仕事は、ミュージシャン側のスケジュールの制約もあるため、時間との闘いです。とくに本番当日は秒刻みで進行します。

でもコンマ数秒の単位で進行するスケジュールにもかかわらず、せっかちな僕の場合は予定より早く、巻きで進んでしまいます。その点、僕にはテレビの仕事が性に合っていたのかもしれません。


取材・構成/門間雄介 撮影/石垣星児

ユーミンの歌声はなぜ心を揺さぶるのか 語り継ぎたい最高の歌い手たち
武部聡志 門間雄介(取材・構成)
ユーミンの歌声はなぜ心を揺さぶるのか 語り継ぎたい最高の歌い手たち
2024/11/15
1,155円(税込)
256ページ
ISBN: 978-4087213409

日本で1番多くの歌い手と共演した音楽家が語る
かつてない“究極のボーカル論”――。

真の「優れた歌い手」は何が凄いのか?
音程やリズムが正確な「うまい歌い手」であっても、それだけでは時代も世代も超えて人々の心を揺さぶる「優れた歌い手」ではない。
彼らはテクニックではなく、もっと大切なものを音楽に宿しているのだ――。
1970年代から音楽界の第一線でアレンジャー・プロデューサーとして活躍し、日本で一番多くの歌い手と共演した著者が、松任谷由実や吉田拓郎、松田聖子、中森明菜、斉藤由貴、玉置浩二、MISIA、一青窈など、優れた歌い手たちの魅力の本質を解き明かす。

【目次】
はじめに
第一章 松任谷由実
第二章 吉田拓郎
第三章 時代を変えたパイオニア
第四章 80年代アイドル
第五章 男性ボーカル
第六章 女性ボーカル
第七章 歌い手を生かすプロデュース術
第八章 未来を託したいアーティスト
おわりに
歌い手年表と武部聡志の仕事歴

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