ユーミンの歌声の魅力とは
――本書のテーマのひとつでもありますが、あらためて武部さんは由実さんの歌声の魅力をどのようなところに感じていますか?
松任谷由実(以下、ユーミン) 本人を目の前に歌声の魅力を語る(笑)。
武部聡志(以下、武部) (笑)。まずはワン・アンド・オンリーの声質ですよ。こればかりは、あとから練習しても身に着けられません。一声出した瞬間にユーミンだとわかる声を持っていること。それから声のバイブレーション、波動みたいなものが、ステージで演奏していてビリビリ伝わってくる。それはリスナーの人にも伝わってるんじゃないかな。
ユーミン ホーミーみたいな、ね。
武部 そう。そのバイブレーションって、誰もが持っているわけじゃなくて、言葉で説明するのが難しい、テクニカルな部分を超越したものなんです。
ユーミン そこにあぐらをかいちゃうと、テクニックなんて全然なくていいって思っちゃうけど(笑)。でも自覚はあまりないんですよね。幼稚園の時、初めてテープレコーダーに録音した自分の声を聴いて、変な声だなと思ったまま。だからデビューにあたって、自分で歌えと言われた時は本当に嫌でした。
武部 その時、ユーミンに歌ったほうがいいと言った人は、先見の明があったということだよね。
ユーミン うん、アルファミュージックの村井(邦彦)さんと有賀(恒夫)さん。
武部 そのほうが曲が伝わると思ったわけだから。
ユーミン とくに「ひこうき雲」(73年)ね。デモテープっていうのかな、6曲くらい作った段階で「ひこうき雲」をまわりがすごく気に入って、初めは雪村いづみさんに歌ってもらったりしたのね。でも村井さんや有賀さんは何か違うって。そこからおはちが回ってきて。
武部 「ひこうき雲」がリリースされてから、もう50年以上経つわけだけど、あの曲はたくさんの人にカバーされて、僕もそういったカバーで演奏してきた。でもやっぱりユーミンにしか歌えない曲だと思う。
ユーミン そうだね。
武部 本書でも語っていることだけど、ユーミンの声じゃないと響かないっていうのかな。
ユーミン 私自身もあの曲に追いつくようにトレーニングしている感じ。困ったものですね(笑)。
――自分が作った曲に、自分が追いつこうとするんですか?
ユーミン うん。曲に引きずられてね。作品作りをする時も、まず曲を書いて、あとから詞なんです。たいてい、昔から。まず曲を自由に書いちゃうので、その字数やリズム、世界観に合う詞を持ってくるための技術が必要だし、インプットもたくさんしておかないといけない。
――歌い方もその曲に合わせるということですよね。
ユーミン そうですね。
――それは器用でないとできないことのように思いますけど。
ユーミン そういう点では超不器用ですね(笑)。
武部 そう? 曲によって、声の出し方を使い分けるわけじゃないけど、その曲にいちばんふさわしい表現をいつも的確に見つけているんじゃないかな。
ユーミン 何かね、歌手っていう自覚がいまだにあまりない。
武部 歌うこともひとつの表現なんだろうね。以前のユーミンの作品を聴いて、新たな発見をすることがいまだにあるけど、このあいだ「Autum Park」(86年)を聴き直していたら、これはユーミンにしか歌えない歌だと思った。
ユーミン 「Autum Park」はね、「ANNIVERSARY」(89年)のエチュードみたいな感じ。「Autum Park」が発展して、「ANNIVERSARY」になったというかね。でも言いたかったことは、「Autum Park」で言っているのかもしれない。その「ANNIVERSARY」が発展して、また次の何かになっていたりもするんだけど。