「瑠璃色の地球」に備わる、高い表現力と説得力
聖子さんの歌唱力は、音程のよさに支えられたものではありません。むしろ音程に限っていえば、「瞳はダイアモンド」に残されたテイクも、それほど正確なものではありません。
でもそれを補って余りあるほど、聖子さんの歌唱には豊かな表情があります。歌詞に書かれた情景や心情を聴く人に喚起するような、高い表現力と説得力が彼女の歌には兼ねそなわっています。
その歌唱力が存分に発揮された曲のひとつが「瑠璃色の地球」でしょう。
「瑠璃色の地球」は彼女が結婚と出産を経て、一時活動を休止していた時期にリリースされたアルバム『SUPREME』(86年)の収録曲です。このアルバムで僕は「瑠璃色の地球」をはじめ、5曲のアレンジを手がけました。
「瑠璃色の地球」を作曲した平井夏美さんというのは、CBS・ソニー(当時)のディレクターでもあった川原伸司さんの変名です。彼は同じ平井夏美の名義で、井上陽水さんの「少年時代」(90年)も作曲しています(井上との共作)。
作詞はもちろん松本隆さんです。松本さんはこの曲の歌詞に、母親になった聖子さんへの特別な思いを託したのだと思います。等身大のラブソングだけではない、より大きな愛を歌えるボーカリストになってほしい、と。
聖子さんも、きっとその意をくんだのでしょう。それまでとは明らかに異なる、聴く人を包みこむような歌い方をしています。『SUPREME』の曲すべてがそうですが、なかでも「瑠璃色の地球」は、その表現力や説得力において他のバラードとは一線を画す曲です。
歌詞の情景や心情を歌うというより、ほとんど祈りのような歌ですよね。キー設定は一連のヒット・シングルより低く、それもあって、彼女の声のふくよかさがしっかりと感じられます。
声を張らずに歌えるキーなので、落ち着きや力強さが顕著です。そして大サビの歌詞〈ひとつしかない/私たちの星を守りたい〉のメッセージが、強い説得力とともに届きます。
僕はアレンジャーとしてまだ駆けだしのころでしたから、彼女の歌を生かすこと以上に、歌詞の世界をサウンド化することに強い意識を向けていたかもしれません。
〈朝陽が水平線から/光の矢を放ち〉というサビの、夜明けの光が差しこむイメージを、どうすれば音像としてかたちにできるのかに集中していました。転調するところからマーチングのようなスネアドラムが加わるのは、朝陽が差すイメージからです。
現在のレコーディングのスタイルと違い、当時はオケができあがったあとに歌入れをしていたので、聖子さんの歌を聴いてアレンジしたわけではありません。でも歌入れが終わったあと、彼女の歌を聴いたときに、曲と歌詞の世界が見事に表現されていて感嘆しました。
その曲が伝えたいことを、ちゃんと表現できるかどうか。それが歌い手にとっては、もっとも大事なことです。情景や心情、メッセージといったものを、歌声によってきちんと表現できる人。それこそが優れた歌い手ですし、聖子さんは間違いなくそのなかのひとりだと思います。
名曲として語り継がれる曲には、優れた歌詞やメロディー、アレンジだけでなく、説得力のある歌唱が必要なんですよね。「瑠璃色の地球」を聴くたびに、いつもそう感じます。
取材・構成/門間雄介 撮影/石垣星児