味覚や人格の変化は起こりうる
実際にドナーからレシピエントへの“記憶転移”は起こりうるのか。
書籍『臓器移植の誤解をとく いのちをつなぐ贈りもの』(木星舎)の著者であり、かつて救急医療の脳神経外科医師として何人もの臓器移植に携わった経験がある吉開俊一さん(現在、北九州湯川病院勤務)に話を聞いた。
ドナーが生前持っていた記憶がレシピエントに宿るようなことは起こりうるんでしょうか?と短刀直入に聞いてみたところ、
「あり得ないです!」(吉開先生、以下同)と即答だった。
現実的にそのようなケースが確認されたことは?と聞いてみたところ、
「ないです! 医学的にあり得ないです!」とこれまた即答されてしまった。
ただ、臓器提供を受けたことで、性格が大きく変化した患者はこれまでも多く見受けられたという。
「臓器提供を待っている患者は、臓器不全という重病で『自分はいつ死ぬか分からない』という恐れを抱きながら日々を生き抜いている人なんです。そういう人たちが、移植を受けて体調が戻り、制限も無くなって思い通りの人生が再び送れるわけですよね。
見ず知らずの誰かが亡くなるときの臓器を、死にそうな自分にプレゼントしてくれた。これほどありがたいことはないんですよ。
だから臓器提供を受けたことで価値観や人生観が変わる人はいるでしょう。人に優しくなったり、今までは勢いで生きてきた人が慎重な考え方になったり、他人の恩義を大切にしようという気持ちになったり、そうした変化が起きても不思議ではないでしょう。
その大きな変化を周りが見て『昔こんな人じゃなかったよね』というところから、『心臓の元の持ち主の性格が移ったんだ』と世間では考えるのかもしれません」
レシピエントの人格が変わるのは、臓器の中に何かが宿っているのではなく、臓器をもらったという経験や感謝の気持ちによるものなのかもしれない。
だが、その一方で、移植後に苦手だった珈琲が好きになる、というシーンに関しては、
「味覚の変化は大いにあり得ます」
とのこと。詳しく話を聞いてみると、
「体調が悪くてきちんと味わうことができなくなっている状態から、臓器提供を受けて体調が良くなれば、食べ物の風味や味をきちんと味わうことができるようになるわけですから、味覚の変化は当然起きてきます。
あとは何かをきっかけに食べ物の好みが変わることもある。それは別に人格が変わったわけでもないし、臓器提供の有無に限らないですけどね」