ユーミンの音楽の世界観とは
――武部さんは本書でこう話しています。どれだけショーアップ化されても、ライブのベースにあるのはつねに「ユーミンの音楽の世界観」だ、と。音楽監督として、由実さんの音楽の世界観をなによりも大事にしてきたということですね。
武部聡志(以下、武部) ええ。ユーミンは好奇心旺盛だから、テーマは無数にあると思うんです。でもなるべくユーミンが描いた景色を一緒にイメージできるようにと思って、僕はステージに上がっています。悩んだ時は必ず歌詞に立ち返るようにして。
松任谷由実(以下、ユーミン) 武部さんが好きだと言ってくれる私のナンバーは、「ああ、わかってくれてるな」と思うものばかりなんです。「夕涼み」(82年)とか「July」(93年)とか。武部さんは私の世界観、その匂いや湿度まで理解してくれているんですね。嬉しいです。
武部 温度や湿度や、例えばむせ返るような夏の情景などを、音楽であそこまで描いていることがすごいことだと思うんです。映画ならともかく、歌でその情景を。
ユーミン たぶんボーカルだけでなく、時間が経つと聴いた人の記憶と混ざり合って、そのナンバーが育っていくところもあるんです。ボーカル単体ではとても難しくて、なんか申し訳ないっていう感じ。
武部 いや、そうは言ってもユーミンの声でないと、ああはならないんですよね。「夕涼み」を、もっと歌い上げるタイプのボーカルの人が歌ったら、あのムードには絶対にならないわけだし。
ユーミン うん、ムードね。
武部 それこそがお客さんにいちばん伝わるものじゃないですか。ユーミンのツアーを通して学んできたことです。
ユーミン よく言いますよ(笑)。
武部 いや、本当に(笑)。ユーミンのツアーは毎回学びの場で、ツアーごとに新しい発見や気づきがある。だから続けてこられたところもあるんです。
ユーミン それは武部さんが学ぼうとしているからかもね。このお立場になると、サポートメンバーをする機会がまずないでしょう?
武部 うん、そうね。
ユーミン テレビ番組やライブで音楽監督をすることはあっても、あるシンガーのサポートをして、ツアーをやることはないかもしれない。でも本数をある程度やらないと、学びって起きないじゃない?
武部 我々のショーの場合、一回ごとにミーティングをして、毎回クオリティーを上げていくような作り方をしているから、つねに発見があって、それを次のショーに生かせるんだよね。
ユーミン これまできちんと結果を残してきたから、無理難題が出てきてもきっとクリアできるはずという信頼関係がある、すべてのスタッフとの間に。毎回が結果の積み重ねというか。それこそ「YUMING SPECTACLE SHANGRILA」(1999、2003、07年)なんて、ねえ?
武部 よくできたなって思うよね。
ユーミン ほんと。時代もよかったよね。ああいうことをやらせてもらえる時代だったし、興行的にも失敗しなくて。
武部 そうそう、結果がちゃんと伴ったからね。