葬儀の取材で出会った1人の女性
翌日は「治安部隊」に殺害された民衆の葬儀の取材に出向いた。
数千人に囲まれたモスクには次々と犠牲者の棺が運び込まれ、人々は手のひらを空へと向けて、怒りと悲しみを天に訴えていた。
なんて愚かな国だろう、と私は人々の祈りの中で1人思った。
権力を欲する一部の人間が軍の上層部と結託してクーデターで政権を乗っ取り、民主主義を求めて立ち上がろうとする国民の体に実弾を撃ち込む。
この国では軍は国防を担う実力部隊であると同時に、国内で広く事業を手がける「営利企業」だ。「市民を守る」と嘯きながら、「彼ら」は常に権力の側にいる。
そんな「彼ら」が最も恐れているのが、民主的な選挙だ。国民の4割以上が1日2ドル以下での生活を強いられているこの国で、選挙に持ち込まれれば、裕福な生活を送っている「彼ら」に勝ち目はない。一度政権の座を追われれば、「彼ら」も力を失ってしまう。
葬儀の取材には、カイロ支局に勤務するSという20代の取材助手が付き添ってくれた。中東の大手航空会社の客室乗務員から転職してきたばかりの、切れ長の美しい目を持ったエジプト人女性だった。
取材の帰り道、道ばたの屋台に立ち寄って2人並んで揚げパンを食べた。
「実は姉が集会で足を撃たれたの」
彼女は揚げパンを食べながら突然、私に向かって告白した。
「弾が足首を貫通したみたいなの。もう歩けなくなるかもしれない……」
聞くと、欧州系の通信社で現地採用の記者をしていた彼女の姉は数日前、デモ隊の集会を取材中に「治安部隊」に足を撃ち抜かれたらしかった。
彼女がポロポロと涙をこぼしながら話すので、私はいささかうろたえた。
同時に、小さな疑問が胸に宿った。
姉妹の父親は過去に独裁政権で幹部を務めた裕福な側の人間だった。それなのになぜ、彼女の姉は権力に抗おうとする人々を取材しようと思ったのか─。
「当然だわ」とSは言った。「みんな、この国の政治家に憤っているのよ。一部の人間が富を独占し、自分たちだけのために使う。私もいつかジャーナリストになりたいわ。ジャーナリストになって、世界中にこの国の不正義を暴いてやるんだわ」
私は慌てて周囲を見渡し、首を振った。彼女の発言は、ここではあまりに危険すぎる。エジプト国内では連日、新聞やテレビがデモ隊を「テロリスト」と断定し、現場で取材をしようとするジャーナリストたちを、警察がなりふり構わず逮捕していた。
メディアが事実上、政府にコントロールされているこの国で今、真のジャーナリストであり続けようとする態度は、自らの身を危険にさらすことにつながりかねない─。
「姉が言っていたわ。『アラブの春』でこの国の人々はあんなに希望を持てたじゃない。それがなんでいま、暴力で覆されなきゃならないのよって」
私はハッと息をのみ、彼女を連れて屋台を飛び出した。
「こんなに人が死んでいるのに、私には何もできなくて……」
彼女が大きな瞳を潤ませながら、泣くまいとあごを突き出した瞬間、遠くからまた銃声が聞こえた。
文/三浦英之『沸騰大陸』より抜粋 構成/集英社学芸編集部