「レシピはすべて公開。秘密にする必要なんてない」
そして、由美子さんも「ぼんご」で働き始めることに。結婚当初は洗い場の手伝いをしていたが、雇っていた従業員が辞めてしまい、おにぎりを握ることになった。
「主人に明日から『お前がやれ』と、経験もないのに言われ……(笑)。最初は大変でした。握れないんですよ。でも握るしかない。
ただ、お客さんはみんな常連さんですから、愛のある眼差しで私を育ててくれました。お客さんから『代わりに握ってあげようか』なんて言われたことも」
当時、具材が20種類程度だったとはいえ、慣れないおにぎり作りに悪戦苦闘が続く。さらに、女将を苦しめたのは味噌汁だった。「ぼんご」では修行に来た人が、最初に作るメニューが味噌汁なのだという。なぜか。
「1番難しいからです。おにぎりはある程度具材さえ固定してしまえば、握り方の問題。でも味噌汁は温度も日によるし、出汁を取るにしても、同じ味を出すのが難しい。
同じ人が作っても、出汁を25分取るか30分取るか。または火が強いか弱いか、水が冷たいかぬるいかでまったく違う味噌汁ができる。
調理って生き物なんです。私はレシピをすべて公開していますが、レシピ通り作っても同じものなんてできませんから秘密にする必要がない(笑)」
女将はそう笑い飛ばすと、「ぼんご」のおにぎりが大きい理由について明かしてくれた。
「前はもっと小さなおにぎりでした。ある時、お腹を空かせているのに味噌汁を飲まないサラリーマンのお客さんがいて『なんで味噌汁飲まないの?』と聞いたら、『給料前に味噌汁100円なら、おにぎりもう1個食べた方がいい』と。
なら、ちょっと大きくしてあげようと思って、ご飯だけで150gは入れるようになりました」
お客の気持ちを第一に考える由美子さんだったからこそ、「ぼんご」名物の大きなおにぎりは誕生したのである。
そんな「ぼんご」のおにぎりだが、由美子さんは「最初はこだわりなんてなかった」と吐露する。
「お客さんに『時間が経って食べたら(米が)硬かったよ』とかいろんなことを言われることもありましたが、とにかくおにぎりを握ることで精一杯で……。
10年くらい働き始めてやっと余裕が出てきたので、考えを改めて『お米をどうしたらいい?』『海苔はどうしよう』と細かいところを意識するようになりました」