初めて小説を書きながら泣いた
真下 『スターゲイザー』は、アイドルファンの人が読んでも傷つかないつくりになっているところもいいなと思いました。男性だけで集まると、どうしてもホモソーシャルなノリが出てきてしまいますよね。同性愛をばかにしたり、女性を下に見たりとか。『スターゲイザー』にもそういう感じの子たちが脇に出てきますけど、それが間違っているということがちゃんと書かれているのがよかったです。作者がそれを悪いことだと認識してないような書かれ方の小説を読むともやっとするので。
佐原 ありがとうございます。実際の男性アイドルのメイキングビデオを見ていても、下ネタっぽい話題になった時に、入っていけない人が一人、二人いるんですよ。「俺は関わりたくないから」みたいなテンションの人。そういう人たちが実際にいるのでちゃんと取り込まないと嘘だなと。
真下 視点人物に一人もホモソーシャル的な価値観を内面化している人がいないのは、佐原さんがそうじゃないアイドルを実際に見ていたからなんですね。
お客さんとして見ているだけではアイドルの内面までは分からないと思うんですが、佐原さんは彼らの心のうちまで踏み込んで書いていますよね。
佐原 今回『スターゲイザー』を書く時に意識した目標の一つが、推される側の言語化でした。最近、アイドルを推す側の言語化は進んできていますが、推される立場の人たちは言語化されていないなと思います。アイドルは表では言えないことがたくさんある。何かあった時に出てくる言葉は運営が考えた言葉だったり、事務所が用意したものだったりして、言わされている感があるんですよ。インタビュー記事でも本当はもっと尖った言葉だったのが丸められたんだなと感じることもあって、本当はどうなんだろうと思っていました。
そんなことが気になっているうちに、私も作家になって、推す立場から推される立場になった。今なら推される側をうまく言語化できるかもしれないと思ったんです。
真下 私も『スターゲイザー』を読んでいて、自分と重ねてしまうところがありました。速いサイクルで進化を要求されて、それについていけない人はどんどん振り落とされていく。そういうところは作家も同じ。人ごとじゃないと思いました。作家も結局、求められるものを書いて、それが売れるか売れないかで判断される。「これ、私の話や!」って(笑)。
佐原 今回の対談のために真下さんのデビュー作の『#柚莉愛とかくれんぼ』を読み返したんですけど、そこでもアイドルが売るための仕掛けをしなくちゃならなくなりますよね。これがうまくいかなかったらあなたたちはこのままじゃいられないよ、と宣告されて。それって我々作家も同じですよね。「この作品を外したら次はない」みたいな気持ちはつねにあります。
『スターゲイザー』で、コンサートに来てくれたファンが涙を流しながら「ありがとう」と言うシーンを書いたんですけど、ファンを見たアイドルが「すごいことだよ、これって。/俺、こんな仕事してたんだな」って気づくんです。それって私にも覚えがあって、私もファンレターをもらった時やサイン会で読者の方から感謝の言葉をいただくと「私ってすごい仕事しているんだな」って思ったりするんです。このくだりは自分とめちゃくちゃリンクして、書きながら泣きました。小説を書きながら泣いたのは初めてでしたね。
普通の人たちの悩みを抱きしめて
真下 三章の「愛は不可逆」で、遥歌が自分の美貌について、「顔が綺麗って言われるけど、それってほめ言葉じゃないと思う。この顔はもともとのものだから、おれがどうとかって話じゃない」と言ってるのが衝撃でした。顔が綺麗と言われる人ってそうなの? って。
佐原 小説の中で語られがちなのって、容姿に恵まれていないがゆえの苦しみですよね。でも、容姿に恵まれている人にも、恵まれているがゆえの悩みがあると思うんですよ。それってたぶん人には言えない悩みなんですよね。「顔を褒められても別に嬉しくない」なんて言ったら「はあ?」みたいな空気になるじゃないですか。でも、本人にとっては切実な悩みかもしれない。
実際、アイドル誌で男性アイドルのインタビューを読むと、「顔がいいって褒めてもらえるんだけどね(笑)」って、ちょっと自虐的に言っている子がいるんですよ。顔がピカイチにいい子が。たしかにその子は踊りとか歌とかが顔に追いついてないって感じだったので、コンプレックスを感じているだろうし、周りからやっかまれることもあるのかも。そこは言語化しておくべきところだなと思いました。
――大丈夫そうに見えても悩んでいる部分がきっとあるみたいなのは、真下さんの新刊『かごいっぱいに詰め込んで』のテーマにも通じるところがありますね。
佐原 『かごいっぱいに詰め込んで』を読んで、「真下さん、マジですごいことやっている」と思ったんですよ。何がすごいかというと、ここに出てくる人たちって、本当に普通の人たちなんです。私の場合は特殊な人たちが、その特異性に対して悩んでいる話を書きがちなんですけど、真下さんは『かごいっぱいに詰め込んで』でごく普通の市井の人たちの悩みを描いている。誰でも身に覚えがある、ふだん見落としてしまっている悩み。それってかなり難しいことだと思います。
例えば第一話の「おしゃべりなレジ係」。主人公の美奈子が専業主婦を二十年やってから就職活動を始めるんですが、なかなかうまくいかない。そういえば、うちの母親も定年退職を迎えて、もうちょっと働きたいからってハローワークに行ったんですけど、なかなか採用されなくて悩んでいたことを思い出しました。
第四話の「なわとびの入り方」は妊活の話。私の友人にも、主人公の咲希のように、周りに追いつかなきゃみたいな感じで悩んでいる人がいて、どんな言葉をかけたらいいか分からなかったことを思い出しました。そういう自分の身近にいる人たちの悩みをちゃんとすくい上げて、抱きしめていると思いましたね。