結城真一郎さん(右)、TAIGAさん(左)
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難問の多い料理店
著者:結城 真一郎
定価:1,870円(10%税込)
難問の多い料理店
著者:結城 真一郎
定価:1,870円(10%税込)

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スマホで注文し、あとは自宅に届くのを待つだけ。
コロナ禍前後で俄(にわ)かに浸透し、多くの人が利用するようになったフードデリバリーサービス。

利用者の増加と共に、配達員として働く方々も増えました。
結城真一郎さんが仕掛けた今作は、そんな配達員たちが活躍するミステリです。

ウーバー芸人としても知られ、ご自身が現在も配達員をされているお笑い芸人のTAIGAさんをお招きし、今作の魅力と、配達員あるあるをお話しいただきました。

構成/円堂都司昭 撮影/大槻志穂

「人生が行きかう交差点に立って」結城真一郎×TAIGA『難問の多い料理店』_3
「人生が行きかう交差点に立って」結城真一郎×TAIGA『難問の多い料理店』_4
「人生が行きかう交差点に立って」結城真一郎×TAIGA『難問の多い料理店』_5

安楽椅子探偵の現代版

――『難問の多い料理店』には、ウーバーイーツを連想させる「ビーバーイーツ」の配達員や、厨房はあるけど客席はなくデリバリーのみのゴーストレストランが登場します。これらの題材を選んだきっかけは。

結城 担当編集者と現代的な題材を中心にしましょうと話した際、コロナ禍で増えたウーバーイーツの配達員のような新しい働き方に注目したら面白そうだとなりました。掘り下げると、ゴーストレストランというものがあるらしいとわかった。

そのオーナーシェフのところへ様々な配達員が来る形にしたら、安楽椅子探偵(現場を訪れず、得た情報だけで推理する探偵)の現代版ができるんじゃないか。時代を象徴するモチーフを探して作品の形にたどり着きました。コロナ禍では自分も妻もデリバリーをよく利用しましたし、なじみ深かったんです。

TAIGA 結城さんは絶対ウーバーイーツの経験があって、それをもとにミステリを書かれたんだろうと思ったら、やったことはないと言われたので驚きました。配達員じゃなきゃわからない“あるある”が書かれていたから。

結城 配達員の体験談を読み漁(あさ)って、こういう問題や苦労があるんだということを集めた感じです。自分がやったことのないことをどこまで書けるか不安でしたが、TAIGAさんにそう言っていただけて自信になりました。

――TAIGAさんはいつから配達の仕事をやられているんですか。

TAIGA 二〇二〇年三月頃からだから、もう五年目になりますね。コロナ禍になって芸人の仕事はゼロ、イベントの大道具のバイトもシフトに入れなくなって、稼ぎが一切なくなった。じゃあ手軽に始められるアルバイトはなんだろうと思ったのが、ウーバーイーツ。でも、夏までの三カ月くらいで辞めてお笑いの仕事に復帰するつもりでした。なのに、ためしに買った六段変速のママチャリでまさか四年も続けるとはね。

――ロックンローラーのイメージだからバイクかと思ったんですけど。

TAIGA このキャラで申し訳ないんですけど、バイクの免許持ってなくて自転車なんです(笑)。配達員をやっているとなかには下に見る人がいて、ぞんざいな扱いも受けました。それも思い出しながら小説を読ませていただきました。共感したのは、届け先の間違いですね。記入ミスや部屋番号だけでマンション名が書いてないとか、よくあるんですよ。同じ番地にマンションが複数あると、マンション名を確認するために電話しないといけなくて……。

結城 僕が参考にしたブログにもその手の話があって、読んで勉強したんです。グーグルマップで目的地を示すピンがズレた位置に立つ現象もそうです。自分でも体感したことはありますけど、配達では届く時間の速さが高評価につながるからストレスになるだろうと想像で補いつつ、作品に反映させました。

TAIGA エレベーターが止まってる、遅いとか、ふざけんなよ! と思うし、「閉まる」ボタンがない古い機種もある。階数表示のボタンを押しても、閉まるのがメッチャ遅い。あと、地獄のタワマンですよ。

住人用には六基とかエレベーターがあるのに配達員用には一基しかない。六十階のタワマンで住所や名前を全部記入してやっとセキュリティを通ってエレベーターの前まで行ったら、今まさに三階を上がっていく途中。

それも六十階まで一気に上がるんじゃなくて、いろんな配達員が七階で降りたり、十四階で降りたりするからすごくゆっくり上がっていくのをボーッと待って、ようやく五十八階くらいから下りてくる。

でも、下りでは配達し終わった人が乗りこむから、また五十七階、四十九階って何度も止まって、やっと一階に戻ったエレベーターに乗りこんだら、やっぱりたくさん止まりながら五十一階に届け終わって、下りをまたボケーッと待つ。なんだ、この時間はと思って。

「人生が行きかう交差点に立って」結城真一郎×TAIGA『難問の多い料理店』_6

待機時間は世界一無駄な時間

――一話ごとに視点人物となる配達員が、学生、中年男性、シングルマザー、フリーライターというふうに代わります。どのように考えて設定したんですか。

結城 一人をずっと主人公にしても物語は作れますけど、ウーバーイーツって様々な人がやり始めて、前向きにやられている方もいれば、やむなくやられている方もいる。

多くの人生模様があるとわかったので、いろんな事情を抱えた配達員が店に出入りして謎に直面し、解決の瞬間に立ち会う。そのなかで自分の人生が少し好転したり、小さな幸せをかみ締めたり、そんな光景を描けたら面白い。

事件からなんらかのフィードバックがあって、彼らの日常も変わっていくのがきれいな形かなと思って、この構成にしました。従来からある安楽椅子探偵のスタイルを「ビーバーイーツ」の箱に入れただけだろと思われるのは不本意だったんです。それなら、配達員の事情も織り交ぜないとこの設定にした意味がない。

――配達員のたまり場があって交流する場面もありますね。

TAIGA 配達員同士仲よくなりましたよ。「どこで注文がよく鳴ってる」「最近は全然鳴らないです」とか。「あそこの配達員が嫌なやつで」みたいなことも。

――悪評はやっぱり広まるんですか。

TAIGA 広まりますね。アカウント三つくらい持って、一人でやっているのに三人待機している状態を作ってズルしてるとか。鳴る可能性が高くなるんです。一時期はコロナで職を失った人たちがたくさんいましたけど、今は本業に戻りましたという人が増えました。逆にこっちの方が楽しくなって本業辞めましたという人もいます。

――配達員が路上で待つ様子を「地蔵」と呼ぶことをこの小説で知りました。

TAIGA 一般的にはあまり広まっていない言葉では?

結城 調べたらそう呼ぶらしいんです。配達員ならではのリアルなワードを入れるのは突きつめたポイントで、「待機」より「地蔵」の方が迫力がある。

――待機といえば「芸人TAIGAのウーバーイーツ待機中ラジオ!」。これはどういう感じで始めたんですか。

TAIGA ウーバーイーツの待機時間は、世界一無駄な時間なんです。

結城 世界一⁉(笑)

TAIGA 本当にこれはもう、世界一と決まったの(笑)。時給も発生しない、なにも生まれない。ただ携帯ゲームやったり動画見たり、配達員同士でしゃべるとか、この無駄な時間をどうしようかと思った時、事務所から「アプリでラジオをやってもらえないかって話が来てる」と言われたんです。

「ウーバーイーツ待機中ラジオ」なら自分で配信できるし無駄な時間がお金にもなる。ぜひやらせてくださいと。「待機中」だから5秒で終わる時もあれば1時間くらいダラダラしゃべる時もあって、いい暇つぶしになってますね。

結城 折々の時事ネタを話したり、「ちょっと工事がね」とかその瞬間の街の情景など、そこに居合わせたようなライブ感があって、いい取り組みだなと思います。

TAIGA なに聴いてるんですか(笑)、あんなの聴かなくていいですよ。

結城 無駄な時間を活用するとかアイデアが面白くて、次回作を書くならこういう人も入れたいと刺激されました。時事問題もあれば、毎日あそこを手をつないで通る親子がとか、いろんな角度があるのがいい。小説の一情景として入れたら映えそうで、聴いていて飽きない。まさしくラジオかくあるべしみたいな感じ。

TAIGA 何時から1時間やってくださいとなると、完全にやらされている感じになっちゃう。でも、いつ始まるかわかんないし、やってもやらなくてもいい気軽さがある。気分が乗らなかったらやらない。それがいい。

結城 それ自体、ウーバーイーツみたいな働き方ですよね(笑)。

――しゃべっている間は芸人だけど、注文を受ければ配達員になる。その切り換えはどうですか。

TAIGA いや、しゃべっている時も芸人と思っていないかも(笑)。面白いこと言わなきゃとか考えてないし、スポンサーもついてないから、気にすることなくボーッとして「なにも今は思い浮かばないですね」って言っちゃう(笑)。

結城 その赤裸々感がいい。変に笑いを入れなきゃではなく、気ままな様子が知れる絶妙なゆるさが面白さでしょう。