地方交付金の根拠は謎
私の感覚でいくと、明石市長を12年務めての結論は「お金はなんとかなるし、人もやりくり可能な状況だ」でした。市長になったころは私も「日本にはもうお金がない」と思っていたので、私もだまされていたのでしょう。市の財政部局とも何度もケンカしました。
2011年、明石市長に就任してまず、財政部から「将来見通しでは3年後に破綻する」と聞かされました。当時の明石市の年間予算は、一般会計と特別会計を合わせて約1700億円。
市の貯金額は70億円でした。財政部の出してくる予測では、貯金がすぐに崩れてなくなっていきます。そのままで行けば、たしかに3年で財政は破綻します。
私も最初の3、4年は、財政部の言葉を真に受けていました。しかし一向に破綻の兆しは見えてきません。5年目に堪忍袋の緒が切れて、担当者を問い詰めました。「初年度の予測どおりなら、もう財政破綻しているはずではないか。しかし現実には、借金は返済できているし、貯金も積み増してきている。どういうことなのか?」と。
結論から言うと、財政部が出していた数字は、最悪の事態を想定した現実的ではないものでした。「市にお金が最も入ってこない可能性」と、「市がお金を最も使う可能性」を組み合わせて算出していた数字だったのです。そんな計算方法では、いずれ財政破綻するに決まってます。
でも現実の世界、実際の行政では、そのような「最悪の事態」は起こりません。
これはいかにも官僚的な、リスク回避の発想です。明石市のような地方自治体の職員にしても、中央省庁の官僚にしても、基本的に役人というものは、自己保身と組織防衛の論理で動いています。
彼らにとって最もリスクが少ないケース、つまり最悪の事態を前提に計算するから、「3年後に財政破綻」というような、現実から乖離した数字がためらいもなく平気で出てくるのです。
私はもうすこし幅を持たせるように、「お金が最も入ってくる可能性」と「お金を最も使わない可能性」を組み合わせた見積りも出すように指示したのですが、担当者は「国の数字が出てこないから、それはできない」と言います。
国からお金がいくら来るかわからないから、数字を置き換えて計算することができない。それが地方自治体の限界なのだと。
実際に国は数字を出してきません。ですから市の財政部も、気の毒な面もありました。
地方財政で困るのは、交付金措置です。「地方間の平準化」の名のもとに、地方の財源を国がいったん集めて、「地方交付金」として各地方へ分配していきます。たとえるなら、親が兄弟3人の貯金箱を取り上げて、言うことを聞いた子からお金をあげるようなシステムです。
それだけでも理不尽な話ですが、なんと、そもそもその交付金の計算方法が「明確ではない」のです。
たとえば明石市に交付金が総額100億円振りこまれたとして、どういう計算で100億が明石に来たのか、その明確な内訳は誰にもわからないのです。交付金として来たかどうかも、わかりません。ある金額が振りこまれて、国はただ「交付金措置をしました」と言うだけです。
言うなれば、国が好き勝手に数字を出して、どういう計算で増減して「100億」という数字になったのかは、ブラックボックスの中。財務省に内訳を問い合わせても「所管省庁が幅広いから説明できません」と答えようとしません。
私も相当彼らとケンカをしましたが、納得のいく回答はついに得られませんでした。「中央省庁が上で、地方自治体が下」という前時代的な特権意識で、お金がどのように流れているのか、わからせないようにしているとしか思えませんでした。