風景がガラリと変わる段階

先生から学ぶ「守」、仲間と鍛錬する「破」。その次の「離」の段階では、守と破で得たものを活かして、さらに工夫することになります。

たとえば、技はある程度できるようになった。試合でも勝てるようになってきた。だけど「どうしてもこの人に勝てない」という相手が出て来ます。道場内の基準からすると、それほど強い相手ではないのに、なぜか勝てない。

この段階になると、基本稽古の他に、「相手の技や癖を分析して作戦を立てる」「その相手専用のオーダーメイドの技を開発する」といった、新たな工夫が必要になってきます。

「どうすれば勝てるのか?」。想像力、作戦力、前に踏み出す力。答えが見つかるまで考える、考え抜く力。そして、仲間との協働作業も必要です。試合の感想やアドバイスをもらう、技を開発するための稽古相手になってもらうなど、集合知を結集します。

まず先生から学び、仲間との関係性のなかで、自分の課題を見つけていく。そしてその課題を解決するための工夫をする。たとえば「どうしても勝てない相手がいる」というのが課題なら、「作戦を立て、技を開発し、その相手に勝つ」ことが解決のための工夫となります。守破離の最後となる「離」の段階です。

私の経験でも、武道修行で大きな比重を占めているのは「離」の段階、つまり「自分で課題を見つけて、自分で解決をする」ことでした。

「先生の言うことには無条件で従う」というイメージが、伝統文化にはあるかもしれませんが、少なくとも武道は違います。「先生の言いつけを守る」という発想は、ともすれば「先生の言う通りにしていればよい」という思考停止に陥ります。技術の習得において、それは一番やってはいけないことなのです。

自分で課題を見つけて、自分で解決をする。常に問題意識を持って、物事に取り組む。決して楽なことではありません。それは厳しいことです。厳しいけれど、その厳しさのなかに、努力する喜び、壁を越えていく喜びがあるのです。「自分で課題をクリアした」という達成感が生まれます。成功体験が自信となります。この喜びを知り、自主性を育んでいくことが、守破離の「離」の段階ではないでしょうか。

そして修行を続けていくと、さらに高い壁にぶつかります。越えられそうにない、高い壁です。ここで「守」に戻るのです。この段階で、改めて先生に質問します。先生の方から声をかけてくることもあるでしょう。よい先生は、弟子のことをよく見ています。先生のアドバイスは具体的なものとは限らず、禅問答のような抽象的な言葉もありますが、それを自分なりに考え、答えを探していくのです。

2023年に甲子園を優勝した慶應義塾高校野球部でも取り入れられた「アスリート・センタード・コーチング」とは? 世界的に注目されている日本武道の「守破離(しゅはり)」との共通点_4
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武道修行の守破離のプロセスは、「守」に始まり「離」に終わる直線的なものではありません。「離」まで行くと、次の「守」がまた始まります。守破離は何度でも繰り返す、円環を成すプロセスなのです。

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限界突破の哲学 なぜ日本武道は世界で愛されるのか?
アレキサンダー・ベネット
限界突破の哲学 なぜ日本武道は世界で愛されるのか?
2024年7月17日
本体970円+税
224ページ
ISBN: 978-4-08-721322-5

NHK「明鏡止水」シリーズにも出演のニュージーランド人武道家が説く「身体と心の作法」

日々の鍛錬を積み重ねることで、体力と年齢の壁を超える。
日本武道は今や国境を超えて世界的な注目を集め、実践者を増やしている稀有な身体、精神文化であり、人生百年時代といわれる現代に必須の実践の道だ。
17歳で日本に留学して以来、武道に魅せられたニュージーランド人の著者がその効用と熟達について考える。
剣道七段をはじめ、なぎなた、銃剣道等各種武道合わせて三十段を超える武道家が綴る、人生の苦難をも乗り越える限界突破の哲学。

◆推薦◆
スポーツをこえた武道の奥義にせまろうとして、はたせない。そのもどかしさを剣道歴三十数年のニュージーランド人が、ありのままに書ききった。今の日本が喪失しつつある精神のあり方を、かいま見せてくれる。

井上章一氏(国際日本文化研究センター所長)

◆目次◆
第一章 限界突破の作法
第二章 身体の整え方
第三章 心の整え方
第四章 勝負の実践哲学
第五章 人間の壁を越えて

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