2億円が当たらなければ、ここまで深いことはできなかった

──おいしいものの“完成形”をイメージできるのは、やはり2億円をつぎ込んだ食べ歩きの成果でしょうか?

2億円がなくても結局、同じようなことをしていたと思うけど、ここまで深いことはできなかったと思います。何万軒も食べたからいいって問題じゃないけど、やっぱり10軒しか外食していない人と2000軒行った人とは全然違う。ある程度の軒数、ある程度の経験をしないと見えてこないものはあります。

誰にもできない経験だという自負もあって、だからこそ食に関してどんなことも言い切れちゃうんですよ。

取材は彼が手掛ける「Bon.nu(ボニュ)」で行われた
取材は彼が手掛ける「Bon.nu(ボニュ)」で行われた

──そんな来栖さんから見て、現在の日本の食文化はどうですか?

まだ遅れているかなと。例えば高級品だからってウニとキャビアとサーロインをあわせて「すごい」って持てはやすとか意味がわからない。だって全部濃厚な食材なのにあわせて出す時点でおかしいって普通はわかるじゃないですか。でも、それを「美味しい」と思ってしまう。

そういう感覚で食を捉えている人は、僕と見ている世界が全然違うんだなと思います。

──来栖さんが考える「食の本質」を“来栖流派”として広めるつもりはないんですか。

僕のやり方を広めるというより、自分の料理を通して「本当の食ってこういうことじゃない?」ってことを伝えたいと思ってやっています。お客さんは1日3組だけですが、そこからちょっとでもいいから、枝葉が広がっていけばいい。そんな地道なことを日々コツコツやっていますね。

1日3組だけのレストランBon.nuの店内 (C)Bon.nu
1日3組だけのレストランBon.nuの店内 (C)Bon.nu
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取材・文/若松正子 撮影/わけとく