「ハマスのレイプを非難しない人はフェミニストではない」

三牧 もっとも前述したような、「ホワイト・フェミニスト」─非西洋世界の女性たちと先進国にいる自分たちとの力関係に無自覚で、非西洋世界の女性たちを苦しめているのはその政府のみならず、往々にして、欧米諸国による介入や軍事行動であることと向き合わない「フェミニスト」を批判する概念─がすべてではありません。

イスラエルが、報復として明らかに過剰な軍事行動を起こしている中で、ハマスの性暴力を糾弾し、「奴らはレイプ魔」とレッテル貼りすることが、パレスチナ市民を広範に巻き込む軍事行動を正当化するリスクを十分に自覚し、慎重な姿勢を取ってきたフェミニストもいます。ただ、そうした人々の声が封殺される傾向にあることも事実です。

カナダにあるアルバータ大学の性暴力センターのディレクター、サマンサ・ピアソンが、ある書簡への署名をめぐって解雇されました。

「パレスチナを支持する:政治指導者たちにジェノサイドへの加担をやめることを求める」と題されたその書簡は、カナダの政治指導者たちに対し、パレスチナ人と連帯し、「イスラエルによる大量虐殺への加担に終止符を打つ」ことを呼びかけるものでした。

とりわけ問題視されたのが、この書簡に「パレスチナ人が性暴力の罪を犯したという、検証されていないことへの非難が繰り返されている」という言及があったことです。

ピアソンはイスラエル人女性へのレイプを否定するハマスのプロパガンダを鵜呑みにしている、性暴力問題に取り組むセンターの長でありながら、ハマスによるレイプや性暴力に疑いをはさむとは何事か、という批判が殺到し、解雇に至りました。

しかしピアソンが署名した書簡は、ハマスによるレイプを否定するものではなく、そのような主張は検証されたものでなければならない、と言っているにすぎません。

何より、この書簡が停戦を求めるものであったことも考える必要があります。独立した検証を経ていないのに、ハマスによる組織的なレイプがあったと断定し、「ハマスはレイプ魔」というレッテルを拡散することは、イスラエルの軍事行動を後押しすることになり、イスラエルが「レイプ魔」「テロリスト」とは交渉できないと、停戦をあくまで拒否する口実にもなる。

だからまず、事実関係をきちんと検証すべきであり、また、たとえ性暴力の事実が確認されたとしても、ハマスの非道さを理由に、パレスチナ市民への不当な攻撃が正当化されてはならない。

書簡は決して一方的にパレスチナ側に立ったものではなく、ハマスのテロを批判し、人質解放を求めるのであれば、イスラエルがパレスチナに行なってきた数々の「テロ」行為─パレスチナ人の不当な拘束、ガザに強いてきた軍事封鎖、ヨルダン川西岸の違法な入植─も等しく批判し、その終結が主張されなければならないと述べるもので、問題の本質に触れたフェアなものでした。

2023年10月12日 ラファの難民キャンプにて 撮影Anas Mohammed
2023年10月12日 ラファの難民キャンプにて 撮影Anas Mohammed

なお、ハマスによる人質拘束は批判されるべきですが、AP通信によればイスラエルの刑務所には現在7000人超のパレスチナ人が収監され、「治安」の名目で、起訴も裁判もなく、無期限で拘束される「行政拘禁」の人も1000〜2000人いると見られています。

石を投げただけで投獄された子どももいます。1967年にガザ地区とヨルダン川西岸でイスラエルによる占領が始まりましたが、以降、推計75万人以上が拘束され、ほぼ全家庭で身内に被拘束者、あるいはその経験者がいる状態だと報じられています。

しかし、結局ピアソンは辞任させられました。昨今、フェミニズム研究では、一口に「女性」と言っても、現実の女性が被る差別や抑圧は決して一様ではないこと、ジェンダーのみならず、人種や経済的な地位の差異によって、女性が被る差別や抑圧にはさまざまな差異があり、そうした差異に目を向けながらジェンダー差別や暴力の問題を考えていかなければならないという「インターセクショナリティ(交差性)」という視点の重要さが強調されています。

しかし、現実には、欧米にいながら非欧米社会やイスラム社会の視点に立って暴力の問題を考えようとするインターセクショナルなフェミニストの口は封じられてしまう。

10月7日以降、イスラム社会の抑圧性や野蛮さを糾弾するばかりで、自分たち欧米が、イスラム社会を生きる人々、とりわけ女性たちにとってどれほど暴力的で抑圧的な政策を遂行してきたか、そうした批判的な視点がない「ホワイト・フェミニスト」たちがいよいよ声を大きくし、戦争と親和的な、イスラエルの軍事行動を後押しする言説をばらまいてきたのではないでしょうか。