自殺の少ない町の予防因子とは

子どもの自殺は、2022年に500人を超えて過去最多となった。なぜここまで自殺する子どもが増えているのだろうか。通常、増加要因を分析していくのが一般的だが、これまでそれによって成果が出ていないことから、今回は逆に、自殺の「少ない」地域の特徴を見ていきたい。

そこに自殺の予防手段を見出すことができるのではないかという思いからだ。

岡檀・一橋大学経済研究所客員教授が書いた『生き心地の良い町』では、全国でも極めて自殺率の低い「自殺〝最〟希少地域」である、徳島県南部の太平洋沿いにある小さな町、海部町(現海陽町)を徹底的にフィールド調査し、5つの自殺予防因子をまとめている。

兵庫県と徳島県を繋ぐ大鳴門橋
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自殺予防因子その一
──いろんな人がいてもよい、いろんな人がいた方がよい(多様性を尊重する)

海部町では、赤い羽根募金を募っても「何に使われるかわからないものに金は出さない」と一蹴されたり、高齢者を地域の老人クラブに勧誘しても「俺はいい」と断られたりと、周辺地域の中で募金額や加入率が最も低いという。

しかし、それを咎める人もおらず、それぞれが自由に選択して、生きている。ともすると、こうした田舎町では、同調圧力が強く、勝手な行動を取ると浮いてしまう。しかし海部町では、そうした空気が一切ないという。

特別支援学級の設置についても、近隣地域の中で海部町のみが異を唱えており、設置に反対する理由として町会議員はこう説明する。

「他の生徒たちとの間に多少の違いがあるからといって、その子を押し出して別枠の中に囲いこむ行為に賛成できないだけだ。世の中は多様な個性を持つ人たちでできている。一つのクラスの中に、いろんな個性があった方がよいではないか」

また住民へのアンケートでは、「あなたは一般的に人を信用できますか」という質問に対し、「信用できる」と答える人の割合が他の町より高く、「相手が見知らぬ人である場合はどうですか、信用できますか」という質問に対しても、信用度はほとんど下がらなかった。

つまり、相手が身内であるかよそ者であるかによって大きく態度を変えない、排他的傾向がより小さなコミュニティであると解釈できる。

自殺予防因子その二
──人物本位主義をつらぬく(地位や学歴、家柄を重視しない)

こうした地方の小さい町であれば、年功序列などの文化がより根強く残っていそうであるが、海部町では地位や学歴・家柄に囚われず、能力があると見れば新しく町に引っ越してきた新参者をリーダーに抜擢するなど大胆な人事がよく行われるという。

実際、教育長に商工会議所に勤務していた41歳の、教育界での経験は皆無という男性が抜擢されたりと、民間人を公立学校の校長に採用するという都市圏でも比較的新しい取り組みは、ここでは約30年前から行われてきた。町の相互扶助組織でも、年長者が変に威張ることはなく、年少者であっても妥当だと思われた意見は即採用される。

自殺予防因子その三
──どうせ自分なんて、と考えない(自己効力感が強く、主体的に社会活動に関わる)

日本財団の調査結果(図表1-3、20ページ)が示したように、日本では、「自分の行動で、国や社会を変えられると思う」という感覚(政治的有効性感覚)が、他の先進国の若者と比べて非常に乏しい(26.9%が「変えられると思う」と回答)。だが、この町は異なる。

「自分のような者に政府を動かす力はない」と思いますか、という質問に対し、「そのような力なんてない」と感じている人の比率は、海部町で26.3%(つまり73.7%が動かす力があると回答)であったのに対し、自殺多発地域であるA町では51.2%と2倍近く離れていた。

実際、海部町では主体的に政治に参画する人が多いという。自分たちが暮らす世界を自分たちの手によって良くしようという基本姿勢があり、行政に対する注文も多い。ただし、「お上頼み」とは一線を画しており、畏れの対象とは見ていない。首長選挙も盛んで、地方の小規模な町には珍しく、海部町には長期政権の歴史がない。