ピクサーの「原型」のつくりかた
ドクターによれば、いったん「物語の大筋が決まる」と、脚本の執筆が始まる。
最初の草稿は120ページほどで、このときも同様のプロセスが「2回ほどくり返される」。そして、監督はこれ以降のどの段階でも、誰からのどんなフィードバックも取り入れる義務はないのだと、ドクターは強調する。「ここにアイデアがあるよ、使うも使わないも君の勝手だ、という感じでね。監督に唯一求められるのは、脚本をよくしていくことだけ」
この工程は、脚本を書いたことがある人なら誰でも、少なくとも大まかには知っているだろう。だが脚本がある程度かたちになると、ピクサーは一風変わったことをする。監督が5人から8人のアーティストのチームと組んで、脚本全体の詳細な絵コンテ(ストーリーボード)を描く。
そしてそれらを写真に撮ったものをつないで動画にし、映画のラフバージョンを作成するのだ。絵コンテ1枚が映画時間の約2秒に相当するから、90分の映画なら約2700枚の絵コンテが必要になる。この動画に、社員がセリフを吹き込み、簡単な音響を加える。
こうして映画全体のラフな原型ができあがる。ここまでの所要期間は3、4か月。「だから、かなり大きな投資になるね」とドクターは言う。それでも、実際のアニメーション制作にかかるコストに比べれば、大した金額ではない。
次に、プロジェクトに関わっていない人たちを含む大勢の社員を集めて、この試作映像を上映する。「誰も何も言わなくても、聴衆が映画を気に入っているのか、いないのかはすぐわかる」とドクター。「何か言われる前から、どこを直すべきかがわかることが多い」
また監督は「ブレイントラスト」と呼ばれる、ピクサーの監督経験者の集団からも批評を受ける。「たとえば『あの部分がわからなかった』『メインキャラに共感できなかった』『最初はよかったが途中で混乱した』というように。いろいろな部分が槍玉に挙がる」
この最初の試写会後、「試作のかなりの部分が削り落とされるんだ」とドクターは言う。脚本は大幅に書き換えられ、新しい絵コンテが描かれ、動画に編集され、新しいセリフが吹き込まれ、音響が加えられる。このバージョン2もブレイントラストを含む観客に見せられ、監督は新しいフィードバックを得る。
これをくり返す。
もう一度。またもう一度。そしてもう一度。
一般にピクサー映画は、脚本から観客のフィードバックまでのサイクルを8回くり返す。バージョン1から2への変化は「たいていとても大きいね」とドクター。「バージョン2から3への変化も、かなり大きい。うまくいけば、その後は使える要素が増えていくから、変化はどんどん小さくなっていく」