犯人と誤認する無意識的転移
目撃証言の信ぴょう性に関する実験は、心理学の分野で多く実施されています。
法と心理学を専門とする南カリフォルニア大学のダン・サイモン(Dan Simon)教授の『その証言、本当ですか? 刑事司法手続きの心理学』(福島由衣・荒川歩訳)によれば、並べられた写真または人物の中から真犯人と思われる者を指摘する実験では、約半数の目撃者しか真犯人を言い当てることができず、約2割の目撃者は無実の人を真犯人だと指摘してしまう傾向にあることが示されています。
真犯人が含まれていない写真や人物のラインナップを用いた実験では、なんと約半数の目撃者が無実の人を真犯人だと指摘することも分かっています。
こうした目撃証言のあいまいさは、どうして起こるのでしょうか。ここでは、有名な3つの落とし穴を紹介します。
まず、ヨーク大学で心理学を教えているアラン・バデリー(Alan Baddeley)教授が書いた“Your Memory:A User’s Guide“という著書には、オーストラリアで起こった冤罪事件が紹介されています。
犯罪心理学で有名な教授が、レイプ事件の犯人として逮捕されました。被害に遭った女性が加害者の顔を覚えていて、彼に間違いないと証言したからです。しかし、犯行が行われた時間帯に、この教授はテレビの生放送に出演していたため、犯行は不可能だということが分かり、釈放されました。なぜ、このようなことが起こったのでしょうか。
そうです。この被害女性は、レイプされる直前まで、この教授が出演しているテレビ番組を見ていたのです。そのため、教授の顔を記憶したのですが、それがなぜか犯人の記憶とすり替わってしまったのです。
このように別の場所で見た人を犯人と誤認する現象を無意識的転移といいます。また、被害女性は、教授を記憶した時間や場所などの情報源を間違ったともいえるので、こうした現象をソース・モニタリング・エラーと呼ぶこともあります。