3日で36レース分の実況練習することも
こうして競馬への理解を深めていく藤原は、同時並行で実況練習も始めるようになる。
「まず初めは、過去のレース映像を見ながら、自分でも実況していました。事前に『塗り絵』という、レースの枠順に合わせてジョッキーの勝負服や帽子、馬名を書いたカンペを作るんです。それを見ながら実況していくのですが、最初は塗り絵を作るだけでもすごく時間がかかりました。
そこで塗り絵を見ながらの実況に慣れてきたら、実際に競馬場で生のレースで試していくんです。競馬が開催されている土日は、午前か午後のどちらかに競馬番組のMCを担当しているので、空いている合間の時間で練習していました。なかには『実況練習強化期間』もあって、1日12レース、3日間で計36レースを練習するときも。もう実践あるのみで、毎週末ひたすらに練習の繰り返しでした」
短くて1分ほどで終わるレースもあるなか、最大18頭の馬を見分けながら、正確に隊列を実況していくのは至難の技だ。あらゆるスポーツで最も実況が難しいと言われる競馬だが、技術を磨いていくうえで苦労したポイントはどこなのか。
「まず単純に馬名を覚えるのが大変でした。塗り絵と呼ばれるカンペはあるものの、レース本番の短い時間では見る余裕もないんです。まず馬名を覚えるため、塗り絵に馬名の由来を書くなどして、いかに覚えやすくするか工夫していました。
ただ、いくら馬名を暗記しても、しばらくは各馬の勝負服を見たときパッと名前が出てこないんです。ふだんなら人の名前を認識するときって、顔から連想することが多いじゃないですか。ですが実況の場合は、騎手の勝負服から、馬名を思い出さなきゃいけない。いつもと勝手がまったく違うので慣れるまでが大変でした。
あとは双眼鏡で馬を追い続けるのが難しかったです。馬のスピード感がわからず、双眼鏡も重いので、気がついたら視界から馬が消えていることも多々あり、最初はできるようになる未来がまったく見えなかったです」
急に決定した競馬実況デビュー
それ以降は、局アナとしての業務を実践しながら、その合間に実況の練習を続ける日々が続いた。そして間もなく入社5年目を迎えようとしていた2024年3月1日。急に転機が訪れる。
「実況、やってみるか?」
突然、上司から大役を任されることに。藤原にとっては待ちに待ったデビューだったが、実は担当を任されたのは、そのわずか2日後のレースだった。
「上司に呼ばれたときは、『いよいよ来たか』と覚悟した気持ちでしたが、まさか2日後のレースを任されるなんて予想だにもしなかったですね」
土日の競馬番組の合間に、競馬場で実況練習を繰り返して、入社5年目で実況デビューを告げられる。
後編に続く
取材・文/佐藤 隼秀 写真/岡村智明