安倍晴明を美形に設定したのは夢枕獏

──いまでは馴染みがありますが、最初に“陰陽師”や“安倍晴明(あべのせいめい)”という単語を使い出したのは獏さんですよね?

『高丘親王航海記(たかおかしんのうこうかいき)』を書いた澁澤龍彥さんが、短いエッセイか何かで安倍晴明の紹介はしてました。その後、『帝都物語』で荒俣宏さんが書いたりっていうのがあって、その後ぐらいですかね。

安倍晴明を主人公にして陰陽師をテーマそのものにして、晴明を美形にしたのはぼくが最初なんじゃないかな(笑)。

取材に応じた作家の夢枕獏氏
取材に応じた作家の夢枕獏氏

 

──活字における『陰陽師』の世界観しかり、本作の映画『陰陽師0』や、Netflixのアニメ版も、安倍晴明と源博雅(みなもとのひろまさ)の2人からは容姿の美しさを想起させられるのですが、そもそもそこにBL的な要素はイメージされていたのですか?

私の設定のなかではありません。途中から、そういう要素にもスポットがあたっているような評判は聞こえてきたので「なるほど、そうなんだ」と思ったぐらいで。だからといってBL的な要素を増やそうという意識はなかったですね。

安倍晴明と源博雅の関係性を突っ込んで書くと、新たな評価をいただけたのは新鮮でした。自分はまったく意識してなかったんですけど、意識していたらたぶん間違った方向にいってしまっていたと思っています。

──これだけさまざまなコンテンツに取り扱われた作品も稀ですよね。

鎌倉時代から現在に至るまで歴史上の数多くの人が陰陽師のことを書いてきましたが、安倍晴明と源博雅を美形キャラにしてしまったのは歴史上、私が最初だと思うんです。

これまで描かれたてきた陰陽師・安倍晴明の多くは、明治の頃の講談にある晴明が子供の頃の尾花丸(おばなまる)の話。あるいはもうおじいちゃんなんですね。

──現在放送中の大河ドラマ『光る君へ』でも描かれています。

もちろん、小説の設定に置いた40代の頃もあるんだけど、菅原道長と一緒に語られるケースが多いですね。

あるとき道長がある屋敷の門をくぐろうとしたら、犬が吠えながら道長の前に立ちふさがるので、そこへ呼ばれた晴明がそれを止め、晴明が示した場所を掘らせてみると二枚の皿を合わせて一文字に縛ったものが出てきた。

「これを跨いだら死んでるところでした」と晴明が言うのが今昔物語にあるんです。ちなみにその頃は、晴明はもうおじいちゃんなんですけど。

「あれはね“アイラブユー”なんですよ」夢枕獏がこの1000年の中でも極めて異常な事態だと感じる安倍晴明フィーバーに思うこと_2

──日本史史上、一番の人気者かもですね。

現代になって、何故こんなにいろんな晴明のコンテンツができたのかっていうと、私が初めて晴明を美形に設定したことと、もう一つは安倍晴明が実在の人物だったということですね。そして今後も誰がどんな解釈をしてもいいんですよ。

徳川家康とか織田信長とか、ときには粗暴に、あるいは名君に描かれるような人と同じで、さまざまな設定で晴明を主人公にして作品にすればいいと思う。

──監督や作家、それぞれの解釈で漫画やアニメ、小説や映像作品で多種多様な安倍晴明が誕生してきました。

それこそ1000年前からこうした現象はあったんでしょうが、こんなにこぞっていろんな人が晴明のことを書いたのは、日本の安倍晴明史上初めてで、ある意味異常ですよ、これは。

スサノオノミコトや信長と比べても、現代の晴明現象は歴史の特異点ですね。1000年近い歴史の中で極めて異常なことが起こっています。