なぜ、大手テレビ局のプロデューサーが
「職場の上司には許可をとって、作品の内容も見てもらった上で承諾を得ています。が、いかんせん『事実ですよ』と言うと大騒ぎになるようなネタも書いてしまいましたから。今日は顔出しなしでお願いします」
取材はいつもする側で、受ける側は慣れていないのか、川嶋氏はやや緊張した面持ちで言った。リスクを犯してまで、一種の暴露小説を書いた動機とはなにか。
「テレビの仕事で海上保安庁を取材した時に、表の組織図には載っていない情報調査室の方を紹介されました。Hさんといって、海保でもピカ一の諜報能力をお持ちの方で、北朝鮮関連の事件を何件も摘発されていた方です。
以来、十年以上お世話になっているのですが、彼が退官されてしばらく経った頃『自分がやってきたことを後進にもっと広く伝えたいのだが、よい方法はないか』と相談を受けました。日本の諜報力が他国に比べて弱いことを嘆かれているご様子でしたね。
そこで、読んで楽しめる小説という形でHさんたちの活躍を知ってもらえればと考え、本書を企画したのです。もちろん、モデルにした事実や情報は多々ありますが、全体としてはフィクションだとお伝えしておきます」
こうしてH氏をモデルに、主人公・山下正明が誕生した。そのスーパーマンぶりは小説で存分に味わっていただくとして、ここでは彼が、元情報将校の祖父から引き継いだ情報哲学に注目しておきたい。「大半の情報は嫌気性で、密閉して隠しておくべきものだ。公表しなければそれにこしたことはない。だが中には好気性の情報もある。できるだけ早く、できるだけ多くの人々の目に触れさせなければ、命を失ってしまうんだ」と。
「山下の祖父に関する部分はほぼノンフィクションです。Hさんのお祖父様が陸軍中野学校出で、戦中には自分が手にした情報がうまく活かされないで多くの人命が奪われたことを深く悔やんでいたそうです」