夫の言葉でひきこもりから脱する
ところが、28歳のときに、再び3か月入院することになる。その少し前から、飲み友だちだった今の夫と付き合い始めたのだが、彼のことが好きで好きでしょうがないのに、彼の仕事が不規則で思うように会えない。それでストレスなどが溜まり、精神のバランスを崩したのだ。
退院後は、しばらく家にいたが、気持ちが休まらない。
「とにかく実家を出たい」
そう彼に訴えると、「結婚しよう」と言ってくれた。だが、新婚生活が始まっても、だるくて何もできず、部屋にひきこもったままの日が続く。野中さんが「ごめんね」と謝ると、夫はこう言ってくれた。
「ゆっくり休んでていいよ。寝てりゃあ、いいんだよ」
動けない妻のために夫は漫画をたくさん買ってきてくれたり、ゲームを持って来てくれたり。野中さんは初めてドラゴンクエストにどっぷりハマったと笑う。夫の帰りは毎日遅いので、夕食も自分の分だけ用意すればよく、コンビニで買ってきて済ますことも。そんな生活は1年ほど続いた。
このときの野中さんのようにずっと家にひきこもっていても、結婚して専業主婦の場合、「ひきこもり」として顕在化しにくい。
実際、国の調査でも当初、「主婦(夫)」「家事手伝い」を除外していたが、5年前の調査から、直近の半年間に家族以外との会話がほぼなかったすべての人を含めるようになった。2023年3月に公表された統計によると、全国で推計146万人いるひきこもりの半数は女性だった。
野中さんの場合、ひきこもり状態から脱することができたのは、夫が何度もかけてくれた言葉のおかげだという。
「外に出て刺激とかを受けると死んじゃいそうだから家にひきこもったんだけど、実家にいるときは家族への申し訳なさと罪悪感で全然、気が休まらなかったし、何とかしなきゃと思うから余計にプレッシャーもかかる。でも、旦那からは愛されている実感があったし、『何もしないことは悪いことじゃない。休んでていいんだよ』と言ってくれた。甘えてちゃダメだよという視線を感じずにいられたので、ゆっくり元気になれたのかな。1年くらいしたら、ちょっと働きたくなってきて、飲食店でバイトを始めたんです」
しばらくして娘が誕生。その3年後には息子が生まれて、野中さんは2児の母になった。ところが、あることをきっかけに夫と大喧嘩に――。
〈後編続く〉(後編)『「母親なのに、ひきこもりやがって」優しかったはずの夫がなぜ…48歳主婦に訪れた心の悲劇』
取材・文/萩原絹代 写真/shutterstock