冷酷:就活業者がもたらす不条理

繰り返しになるが、就職においては常に「自分の人生の究極の目的が何なのか」を考え続けないと、こうした悲喜劇を演じ続けることになる。しかも、就活生を取り巻く環境が不合理の塊だからこそこうした悲喜劇は拡大再生産されていく。

不安な就活生を食い物にする業者も後を絶たない。

たとえば典型的には地方都市に住んでいる大学生などに「学生時代にインターンシップにいってないと、東京の子たちに負けちゃうよ」などと不安を煽る業者がいる。就職活動という、大学受験とくらべて不透明な未知の競争に身構えている真面目な大学生ほど、こうした煽りに怯える(地方国立大学に通う学生が標的にされることが多い)。地方にはインターンシップを実施する企業が少ないからますます就活生の不安は募る。

そんな就活生の不安を読み取るやいなや、業者は怪しげな勧誘ビジネス/紹介営業活動への長期インターンシップを進める。スマホやサプリ、布団や壺まで、具体的に何を売るかは業者によりけりだが、実態としては友人、家族、祖父母といった人間関係を「その業者に売らせる」点は一緒である。

まだ年端もいかない初心な若者に「マルチレベルマーケティングを学べるよ。マルチって変なイメージがあるけど、料理を入れるタッパーが広まったマーケティング手法と一緒だから安心だよ。タッパーみんな使うよね?」などと業者は悪魔のように囁く(たしかにタッパーは持っているが、ほとんどの人は100円均一ショップあたりで買ったと思うのだが)。

だが別の意味で「マルチに活躍する学生」なぞ企業が欲しがるわけがない。

そんな人を雇っても友人や一族郎党を売り渡したのと同じ要領で、今度は企業情報や顧客名簿を業者に売られかねない。だからこうした勧誘ビジネスに引っかかってしまう就活生は、自分の将来さえも業者に売り渡しているわけだ(もちろん明確な目的意識があって、さまざまなリスクを考えた上でこうした業者で働きたいのならば個人の自由である)。

またSPIの代行業者や解答集販売業者にまんまと騙されるパターンもある。SPI代行は逮捕者も出ている犯罪行為である上、公式に出回っていない怪しげなSPI解答集は、怪しげなだけあって解答も解説も間違っていることが多い。そのためこうした業者を利用してかえって就職が不利になる就活生もいる。

その他にも就職が決まらない学生にワーキングホリデーや語学留学を勧める業者もいる(こうした業者は比較的悪気がない場合が多い)。

今度は就活生側が積極的に就職活動をやめて大学を卒業してワーホリに参加したいと言い出す。おそらく現実逃避として最適なのだろう。

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だが、ワークしたいのかホリデーしたいのか、そもそも一生ホリデー状態になるのを恐れてワークを探していたのではなかったか。支離滅裂としか言いようがない。

なお、ここで取り上げた事例すべてにおいて、就活生が何度も自問自答した末にどう考えても自分の人生の目的において必要だと考えたのであれば、すべて正解だといえる。たとえば「SPI対策の日本一の塾を作りたい」のであれば怪しげなSPI対策を網羅しておくのもいいだろう(こうした塾に社会的意義があるのかは疑問符だが)。

今こそ就活生は自分の人生を経営する必要性を認識すべきだ。

参考文献
朝井リョウ『何者』、新潮社、2012年。
妹尾麻美『就活の社会学:大学生と「やりたいこと」』、晃洋書房、2023年。
常見陽平『「就活」と日本社会:平等幻想を超えて』、NHK出版、2015年。

写真/shutterstock

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【本書の主張】
1 本当は誰もが人生を経営しているのにそれに気付く人は少ない。
2 誤った経営概念によって人生に不条理と不合理がもたらされ続けている。
3 誰もが本来の経営概念に立ち返らないと個人も社会も豊かになれない。

「結論を先取りすれば、本来の経営は『価値創造(=他者と自分を同時に幸せにすること)という究極の目的に向かい、中間目標と手段の本質・意義・有効性を問い直し、究極の目的の実現を妨げる対立を解消して、豊かな共同体を創り上げること』だ。

この経営概念の下では誰もが人生を経営する当事者となる。

幸せを求めない人間も、生まれてから死ぬまで一切他者と関わらない人間も存在しないからだ。他者から何かを奪って自分だけが幸せになることも、自分を疲弊させながら他者のために生きるのも、どちらも間違いである。『倫』理的な間違いではなく『論』理的な間違いだ」――「はじめに:日常は経営でできている」より
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