正直、『ぴったしカン・カン』は失敗するだろうと思っていた

『土曜ワイドラジオTOKYO』のオープニング恒例の団地前「聴取率調査」をいつも通りに終えたときだった。放送スタッフらしき男性に呼び止められた。

「久米さんでしょうか。大将が会いたがっているので、ちょっとお願いできますか?」

いぶかしく思いながらついていくと、神社の脇にワンボックスカーが止まっている。車のドアが開くと、そこにいたのは萩本欽一さんだった。近くでたまたまフジテレビ『欽ちゃんのドンとやってみよう!』(『欽ドン!』)のロケをしていたのだ。

「あー、久米ちゃん? 聞いてたよ、ラジオ。面白いね。はい、これ」

そう声をかけられて、萩本さんから終戦直後の子どものようにチューインガムを渡された。

“隠しカメラ”をしこんで風俗店に潜入、平野レミの放送事故ギリギリワードに蹴り… “番組つぶしの久米”と呼ばれた久米宏・熱血時代_5
チューインガムのイメージ 写真/Shutterstock.

僕は萩本さんのことを業界では「大将」と呼ぶということを知らなかった。

1960年代後半から萩本さんと坂上二郎さんのお笑いコンビ「コント55号」はテレビ界を席巻していた。ある世代以上なら、『コント55号の裏番組をぶっとばせ!』のちょっとエッチな野球拳は記憶に焼き付いていることと思う。70年代に入ってから萩本さんが一人で出ていた番組は、『欽ドン!』を含めて軒並みヒットを飛ばしていた。

僕はそのとき、萩本さんが自分の持っていたガムをくれたのだとばかり思っていた。しかしずいぶん後に萩本さんから聞かされた話では、実はTBSラジオの番組スタッフが近所に配っていたガムを『欽ドン!』のスタッフを介して萩本さんがもらったものだった。

それからまたずいぶん経って、そのスタッフとは、のちに時代を画したフジテレビのお笑い番組『オレたちひょうきん族』の名物ディレクター、三宅恵介さんだったことがわかった。

NHK・BSプレミアム『結成50周年!コント55号 笑いの祭典』(2016年11月23日放送)に僕がゲスト出演した際、萩本さんと初めて出会ったときの思い出話をしていると、遊びに来ていた三宅さんが「ああ、そのスタッフ、僕だよ」と明かしたのだ。

その出会いの場所は、僕の記憶では湘南・江の島の松林という絵になるスポットだったが、三宅さんによると東京・千住の住宅公団近くだった。人の記憶はあてにならない。当時、偶然そこに居合わせた3人が、約40年ぶりに偶然また顔を合わせたことになる。

ガムの手渡しから1カ月を置かずに、萩本さんの事務所からプロデューサーを通じて「新番組のオーディションを受けるように」と言われた。スタッフルームに行くと、簡単なクイズ番組の司会のようなことを30分間ほど行った。プロデューサーはひと言、
「あー、いいねぇ」

番組は二郎さん率いる芸能人組の「ぴったしチーム」、欽ちゃん率いる高校生組の「カン・カンチーム」に4人ずつ分かれ、司会者の僕が出すクイズに次々答えていく。司会者はヒントを出しながら、正解が出ると「ぴったしカン・カーン!!」と言って鐘が鳴る。至極単純なゲームだ。

こうして火曜午後7時半からの30分番組『ぴったしカン・カン』が1975年10月7日に始まった。

僕が31歳になって86日目のことだった。もちろん、このときにはそんなことには気がついてもいなかった。

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久米宏さん(2018年5月31日撮影) 写真/共同通信
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正直に言うと、僕はこの番組は失敗するだろうと思っていた。大掛かりなセットを使ったTBSの別のクイズ番組が水曜日の同じ時間帯でスタートすることになり、TBSはその宣伝に全精力を注いでいたからだ。

初期の日本のクイズ番組はすべてアメリカのコピーだったが、『ぴったしカン・カン』は萩本さんのオリジナル企画。鳴り物入りの新番組のオマケのようなかたちで萩本さんに企画・構成をすべて任せた番組だった。

ところが、いざフタを開けてみると、視聴率は10%台前半で始まって、またたく間に20%を超え、30%に届く超人気番組になった。番組開始から20%に達するまでの最短記録を樹立した司会者ということで、僕はTBSから表彰までされた。

文/久米宏

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久米 宏
“隠しカメラ”をしこんで風俗店に潜入、平野レミの放送事故ギリギリワードに蹴り… “番組つぶしの久米”と呼ばれた久米宏・熱血時代_7
2023年10月6日発売
990円(税込)
340ページ
ISBN:9784022620842
久米宏、初の書き下ろし自叙伝。TBS入社から50周年を経てメディアに生きた日々を振り返る。入社の顛末から病気に苦しんだ新人時代。永六輔さんに「拾われた」ラジオ時代、『ぴったしカン・カン』『ザ・ベストテン』そして『ニュースステーション』の18年半、その後『久米宏 ラジオなんですけど』の現在まで。久米宏という不世出のスターの道のりはメディア史にそのまま重なる。メディアの新しいありかたを開拓してきた一人の人間の成長物語としてめっぽうおもしろい、さらにラジオからテレビの貴重なメディア史の記録。
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