「どんな権利があって、あなたたちは人に優劣をつけるんですか?」
会場に行くと、ほかの受験生の多くは放送研究会のメンバーで、互いに挨拶を交わす顔見知りだった。詰め襟を着ているのは僕だけ。試験と面接が進むごとに自分だけが周りと違うことがわかってきた。
そもそも話し方から違った。彼らは子どものころからアナウンサーを夢見て腕を磨いてきたつわものたちだ。彼らというのは、このときは男性アナウンサーだけの募集だったのだ。音声テストで、天気予報やニュース原稿を読むのを聞くと、まるでラジオを聞いているようだった。こちらと言えば、鼻濁音の存在すら知らなかった。
だいたいアナウンサーの募集人数は「若干名」と記されているだけで、何人採用するのかは知らされていない。試験官に尋ねても、「良い人がいれば何人でも採用するし、いなければゼロの可能性もある」と木で鼻をくくったような答えを繰り返すだけだった。
試験は7次まであった。最初にいた何千人がどんどん落とされて、その悲劇を何度も目の当たりにすることになる。
試験を受けているうちに、だんだん腹が立ってきた。とくに疑問だったのが、「なぜ試験官に人を選ぶ権利があるのか」ということだった。時間を費やして受験に来た学生が被告席のような所に座らされたうえ、「あなたはいい」「君はダメ」と勝手に烙印を押されて次々落とされる。次第にその正当性を問いただすのが自分の役目のような気がしてきた。
もちろん、そんなことで文句を言えば落とされることはわかっていたが、それ以前に自分が受かるなんて、はなから思っていない。
「またここで何人も落ちるんでしょう? どんな権利があって、あなたたちは人に優劣をつけるんですか?」
受付をする人事部の若手と押し問答になり、面接でもけんか腰だった。試験官は閉口していたと思う。この時の人事部の担当者は東条さんだった。今でも覚えている。