犬の元気、猫の野生、馬の温かさ
動物の癒し効果について
―― 馬と人間が共生する中でつくり出した、この国の文化についてもお書きになっていますね。
岩手県の盛岡市周辺から遠野盆地のあたりには、母屋と馬屋がひとつながりになった「曲り家」と呼ばれるL字型の建築様式があります。日本には昔から馬と一緒に暮らす文化があったんです。残念なことに日本の馬事文化は戦後、衰退の一途をたどっているんですが、昔と同じようにはできなくても、違うかたちで馬と人とを近づけられたらと思います。
たとえばホースセラピー。馬に乗ることで理学療法的なリハビリ効果が得られたり、体幹を鍛えられたり、馬の世話をすることで子供たちの社会性が向上するなどの教育的効果が得られます。馬と触れ合うことで心理的なダメージが回復するという効果もあるようです。
ペットと触れ合うことで心が癒されるという経験は多くの方がされていますよね。私の経験では、馬はほかのペット動物と違って、ふんわりと疲れが離れていく感覚があります。その違いを犬と猫と馬とで考えてみたんですけど、犬はすごくアクティブで、一緒に遊ぼうよ! みたいな感じ。散歩に行こう、外で遊ぼうという元気の良さがあって、気分をがらりと変えてくれる。猫はもうちょっとまったりしていて、読書をしたりと休憩時間を一緒に過ごせる。でも意外とペットの中でも野生が残っているほうなので、ハッとさせられる動きをして、突然笑いを提供してくれるみたいなところがあります。
対して馬は、じわじわと温まっていく感じ。私は「心の温泉」って呼んでいます。温泉ってたまに入っても気持ちいいですが、それが何日も温泉宿に泊まる湯治になったらもっと心地いいですよね。定期的に馬と会ったり、馬と一緒にお仕事されている方は、継続的な癒し効果を実感されているんじゃないでしょうか。
TCCセラピーパークでは、そこで働いているたくさんのスタッフの方々のケアも、ラッキーハンターやほかの馬が担っているそうです。児童発達支援のような人をケアする仕事は消耗が激しいので、スタッフ自身もケアが必要と言われているんですが、それを馬がやっている。ここでは馬も同僚であり、人間と馬とがお互いにケアし合っているというのはすごく面白いなあと思いますね。
馬のセラピー効果を多くの人に知ってもらえたら、会社で馬を飼うのは無理としても、福利厚生の一つで馬に会いに行けるようにしたらいいと思うんです。
―― そうですね。牧場と契約して割引してくれるとか。回数券を出すとか。
ここの養老牧場に行ったら馬と触れ合えます、みたいな制度ですね。養老牧場は引退した馬たちの牧場なんですが、金銭的にはどこも大変です。馬たち自身がセカンドキャリアで稼ぎ口を得ることができたら、もっとたくさんの引退した馬の行き先ができるはずです。
―― 人間が癒されて、馬たちも自分自身の力で稼ぐことができる。好循環ですね。
そうなる可能性はあると思います。人を乗せられる間は乗馬やホースセラピーで活躍できますし、二十歳以上になり年を取ってしまうと人を乗せるのは難しくなるんですが、馬は人を乗せなくても存在価値があります。それは私も取材して初めて知りました。乗らないと馬と付き合えないって、普通、思いますよね。
―― そう思っていました。
でも、グラウンドワークと言うんですけど、引き馬として一緒に歩いたりするだけでも交流できます。指導を受けながらグラウンドワークをするだけで、馬と信頼関係を築けるプログラムがある。もっと広まってほしい情報ですね。
動物の福祉ばかり書いて、なぜ困窮している
人間を見ないのか? という批判に対して
―― 『セカンドキャリア』にはほかにも馬と人間の関わりについて意外なことがたくさん書かれてあります。私が感動したのは、馬ふん堆肥で美味しいマッシュルームをつくっている岩手県の〈ジオファーム八幡平〉のエピソードです。馬は食べ物にも関わることができるんですね。
あのマッシュルーム、本当に美味しいんですよ! セラピーや乗馬で、毎日働くことが難しい馬でも、生きているだけで人間にとってありがたいものをつくり出してくれる。今、多くの馬ふんが産業廃棄物として、お金を払って処分されています。でも、マッシュルームづくりのように農業に組み込めば、安全で美味しい野菜や果物ができる。すばらしいですよね。マッシュルームをつくることによって、十数頭の馬のえさ代などが賄えているそうです。
―― 引退競走馬の支援には様々な方法があり、今後も広がっていきそうですね。
誰でも何かできそうですよね。食べ物が好きな人はマッシュルームなどの農作物を買う、スポーツが好きな人は乗馬をする、会社で疲れている人はホースセラピーを受けるとか。いろんな接点をつくることができると思います。
一歩踏み込んだら、馬はこんなにも人間に近くて、しかも付き合ったら楽しい動物です。私も取材して馬の魅力にのめり込みましたし、取材そのものが本当に楽しかったですね。
また、会う方、会う方、皆さん“馬愛”にあふれているのも印象的でした。馬と一緒にいるだけでにこにこしているんですよ。馬の癒し効果ってきっとこういうことなんだなあと感じました。
―― 引退競走馬のセカンドキャリアへの模索はまだ始まったばかりですが、『セカンドキャリア』は、これから馬と人との関係が変わっていくことを予感させてくれる本です。読んだ人も影響されて何かしらアクションを起こしたくなるような、そういう力のある本だと思います。
一人ひとりは無力ではないし、社会って本当に変えていけるんだということを知ってほしいです。私に直接わざわざ言う人はいないですが、犬、猫、馬など動物のことばかり書いて、なぜ人間を見ないんだという批判があるかもしれません。でも、私が動物を切り口に書いていることは、人間社会のことでもあると思っています。動物の立場が変わっていくことは、人間社会の変化を反映していると思うからです。
人間から見れば動物は社会の底辺に位置します。底辺が大事にされていれば、社会全体も底上げされて一人ひとりが大事にされるようになる。動物たちの社会的な立場を向上させることは、実は人間の立場も向上させることだと信じて、これからも取材を続けていきたいと思っています。