提唱された「妻さん」は普及せず

1960年代からの女性解放運動、1970年代のウーマン・リブの流れを受けて、1980年代には「奥さん」ではなく別の呼び方が提案されたこともあった。

「女性蔑視にあたる言葉をやめよう、もっと中立的な言い方にしようと、『奥さん』の代わりに提唱されたのが『妻さん』。たしかに、夫、妻という言葉は役所の提出書類にも使われ、もっとも平等だとされています。

しかし、『妻さん』『夫さん』などと言うとなんだか面倒くさい人だな、ジェンダーについて一家言ありそうだな、などと色眼鏡で見られてしまうこともあるでしょう。聞き手がイデオロギーを感じとってしまう、政治色がにじみ出る言葉というのは、なかなか普及しないんです」

「奥さん」呼びは時代遅れ…では「妻さん」? 言語学者が提案する“新しい呼び方”とは?<11月22日いい夫婦の日>_2
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夫婦共働きが当たり前になってくると、「奥さん」と呼ばれるのに違和感を覚える人がいるのも無理はない。しかし、「奥」の意味をマイナスに捉える必要はない、と井上さんは言う。

「奥行きがある、奥が深い、というように『奥』にはよいイメージを持つ表現が多い。逆に『妻』には、刺身のツマに代表されるとおり、添え物という意味もある。その言葉の語源について論じるより、どうして多くの人に受け入れられてきたのか、時代にかなった形にするにはどう変えるのがよいかを考えることが大事でしょう」

「奥さん」は、もともと尊敬語だ。「部長の奥さん」「向いの奥さん」など第三者の配偶者を指すときに使う。しかし、近年、言葉の性質が変化しているという。

「たとえば、『いやぁ、僕の奥さんが昨日ね……』などと自分の妻に対して使う例が増えました。もともと妻側を持ち上げる尊敬語だったのに、夫側を一段下げる謙譲語としても使われるようになってきたのです。この用法は若い人を中心に広がってきています」