“基準の敬語”を話すのはいつの時代も30代女性
敬語の使い方は、時代や相手との関係性によって常に変化する。しかし、実はいつの時代にも敬語表現の基準となる層が存在するのだという。東京外国語大学名誉教授で社会言語学を専門とする、井上史雄氏が話す。
「文化庁が毎年、国語に関する世論調査を実施しています。その結果を長年にわたって見てきましたが、一部例外を除き、どの時代も基準となっているのは30代女性が使う敬語です。社会人経験を積んだ上に、出産してママ友同士の付き合いを始めるとさらに丁寧な表現を身に着けることになります。敬語には、相手への敬意を表すだけでなく、自身の育ちの良さを相手に示す効果もあるからです。
例えば、『実家は世田谷区の成城で……』とか『夫は一部上場企業のどこそこに勤めていて』などと社会階層を具体的に伝えると角が立つ。しかし、何気ない日常会話の中で丁寧な言葉遣いをしていれば、教養がある、上品である、暮らしぶりがいいといった印象を与えます。相手が丁寧ならば、自分も丁寧に。そうして敬語がどんどん発達していく。お愛想、お靴、お手提げ袋など『お』を付ける傾向も強く、昨今ではどの世代も言う『させていただきます』もさらりと使っています」(井上氏)
一方、10代であえて乱暴な言葉遣いを好んでいた男性の多くは、高校や大学を卒業し、社会人になると一転して丁寧な敬語を使う。
「もともと日本語には男女差があり、社会がそれを当たり前のこととして受け入れてきました。例えば、命令形は男性が目下の男性に対して使うことが最も多い。かつては、家庭内で夫が妻に対して使うこともありました。しかし、女性が命令形でものを言うことは少ないのです。また男性より女性のほうが丁寧な話し方をするのも当然だと思われてきました。しかし、ここにきて言葉遣いにおける男女差がなくなってきています。特に新入社員の世代では、男女の区別なく、丁寧で柔らかい印象の日本語を話す傾向が強くなってきています」