芸術は問いであり、問いは生活から
上田 文脈の射程の長さの話と繋がるんですが、音楽を商業的にやる以上、最大瞬間風速的に受けることを優先事項の上位に盛り込まなきゃいけない状況が多いんじゃないかと思います。でもPeople In The Boxはそこからは距離をとっている感じがして、それが強みに見えます。
波多野 ありがとうございます。逆に言うと、僕は能力として、最大瞬間風速的に受けるようなものを作ることが全然できないんです。
上田 できていたんじゃないんですか? 以前『東京喰種』のエンディングテーマに楽曲提供していましたよね。
波多野 もしできているように見えていたのであれば嬉しいんですけど(笑)。僕個人の生存戦略としては、得意なものを伸ばしていくしかないと思っています。結局、中年になって勝負できるところって、既に持っているものを磨くことなんだなと(笑)。
自分の創作に自分で飽きるのは最も健全ではないので、自分のやっていることにずっと新鮮さを感じていたい。じゃあその新鮮さはどこから持ってこようか、と考えたとき、普段の生活の中で感じることを反映させていこう、となって。しかもその反映のさせ方は、インスタントにじゃなくて、いったん音楽と切り離したところでいろいろ考えたものが自然発生的に出てきたという感じがベストです。そんなやり方がやっと創作のサイクルになりつつあるんですが、このサイクルを実践すること自体、なかなか根気強さが要るので、これが僕の中年としての粘り強さだなと(笑)。
若いときは一曲一曲に全てを注ぎ込んで次に進むという、それはそれで大切な手法だったですけどね。今はアルバム一枚で何ができるか、前作に対して今作はどうしたいか、そういうことを発想できるのが自分の強みだと考えているふしがあります。
上田 瞬間風速的な作品って、自己啓発書に近いものがありますよね。
波多野 ああ、分かります。どうしても最終的にそうなっちゃうんですよ。
上田 そして、そこで得られるエモーションや感慨は、実は風化しやすい。
波多野 結局、標語みたいなものだから。
上田 先ほど「生活」というキーワードが出ましたけど、僕、「人生とは生活の集積であり、生活の集積が人生だ」ということを書くのが好きで、よくいろんな作品に織り込んでいるんです。ありきたりだけど、実際そうだと思っていて。「人生に結論はない」という大上段な言説も可能ですけど、「少なくとも一日一日を積み重ねていけば、それは人生である」みたいな、帰納法的な人生こそが、やっぱり人生だと僕は感じるんですよ。何か絶望的な状況があったとしても、生活という軸で日々を積み重ね、一日一日賄っていければ、意味のある形を取ってくるはずだと思っています。
だから今おっしゃった、生活の反映として何がしかのクリエイションが出てくることって、サイクルを作るには大事だと思います。そこが共通しているから、最近の波多野さんも僕も、丁寧さや伝わりやすさといったものに気持ちが向いてきているのかも。年齢のせいもあるかもしれませんが(笑)。
波多野 そうかもしれませんね。人生と生活ということで言えば、歌詞って小説とくらべると文字数がすごく少ないので、どんどん人生寄り、標語寄りになっちゃうんですよ。
生活と人生の違いって、計算式の問いと解の関係に似ていると僕は思っているんです。問いってすごく長いじゃないですか。何+何×何÷何と数式が続いたあとに、最後にイコール何々という解が来る。これが人生だ、みたいな感じで。でも芸術って、問いの方であるべきですよね。その問いをどうデザインするかが、作り手のセンスです。逆に、解の方は実は限られている。結局人生は愛であるとか命であるとか、そういうことに最終的に行き着くんですけど、それを言わずして伝えるのが作品だと思っています。それを言わないために、問いとなる、リアルタイムで進んでいく僕らの生活を、表現に落とし込んでいく。たとえば音楽だと、5分の曲とか、60分のアルバムにしていく。僕は創作に対してそういうイメージがあります。
上田 その感覚、分かります。
波多野 計算式はいかようにも作れますよね。生活って実はものすごく長くて退屈な計算式だから、どこを切り取って短くまとめるか、ここで括弧でまとめてとか、ここはルートでまとめてとか、それがセンスだと思うんです。でも小さくまとめすぎると標語に近づいていってしまう。だから、ある程度の長さがあって複雑性はありつつも、いい感じに見える数式を作りたい。上田さんの小説は、そういうことをやろうとしているなって僕は思うんですよ。
上田 数式のたとえでいうと、イコールの先の解を書かずに終わらせるのが一番うまくいった作品なのかもしれないです。もしかすると、さっき僕が言った、アジャストしすぎなミュージシャンが多いように見えるのは、解も含めた方程式全体をセンスよく見せようとしているからなのかなと。People In The Boxの音や歌詞を見ていると、極力イコールの先を書かないようにしていますよね。
波多野 アジャストしすぎた音楽は、解の部分が大体サビにバーンと来るんです。別に悪い意味ではなく、ポップソングって、そうやってどんどん広告っぽくなっていくんです。だから、コピーライターの方はすごくうまい歌詞を作る。それはそれとして、僕はそうじゃないものを作ろうと思っているから、解の部分というのは絶対書かない。ただ、どんどん問いが短くなってくると……。
上田 解っぽく見えてくる。
波多野 はい。式と解が限りなく近づく。だから、そこでせめぎ合うということをやっているかもしれません。
上田 いやあ、面白いですね。そういう人、あまりいなくないですか?
波多野 そうですね、あまり多くはないと思いますが、僕とは全く違うタイプでスピッツの草野マサムネさんなんかは、何を言わないかをすごく大事にしている気がしますね。解に見せているけど実は言ってないという絶妙な感じの歌詞を書くんですね。
上田 スピッツ、僕も好きです。しかし寡作ですよね。
波多野 あれほどのキャリアがあれば、もうそれはしようがないです(笑)。僕らでさえも、リリースの後は、さすがに次回作はすぐには無理、って思いますし。特に歌詞を作っている僕なんですけどね。曲はメンバーもいるのでみんなでいくらでも作れても、歌詞はなかなか出てこない。
上田 難しいですよね。小説、特に長編は本当に「生活」です。僕の場合は、毎日何字書くと決めて、ちくちくちくちく縫物をするように書いていくので。
波多野 それって、本番とトレーニングを兼ねているみたいなものですね。僕にとって楽器や歌はトレーニングがあって本番があるという順序分けがあるんですけど、歌詞を作ることに関しては本番しかないという感覚なので、トレーニング的な何かを新しく始めたいと思っているんです。まだ何をするかは考えてないんですけど。
上田 また作品が変わりそうですね。波多野さんの中で何かの要素が深まりそう。新作が待ち遠しいです。
波多野 僕は単純に、作品を増やしたいです。筆の速度を速くしたい(笑)。僕もこれから先、上田さんがどんな作品を書いていくのか、引き続き楽しみにしています。
関連書籍