「勇気をもって、暗く苦しいほうへ進め」佐藤雫×今村翔吾 『花散るまえに』対談_1
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「勇気をもって、暗く苦しいほうへ進め」佐藤雫×今村翔吾 『花散るまえに』対談_2
花散るまえに
著者:佐藤 雫
定価:1,980円(10%税込)

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妻を失う恐怖と孤独から、逆に妻を傷つけてしまう細川忠興。
夫の歪(ゆが)んだ愛と、神の愛のあいだで揺れるガラシャ。
戦国で最も知られた夫婦の壮絶な愛を描いた歴史小説、『花散るまえに』が刊行されます。
刊行を記念して、著者の佐藤雫さんが、憧れの先輩作家・今村翔吾さんに会いに行きました。
新作の話から始まり、面白い歴史小説を書くコツ、直木賞受賞作の創作秘話、そして初めて口にするプライベートの秘密まで、徹底的に話していただきました。

構成/タカザワケンジ 撮影/露木聡子

歪んだ愛に挑戦してみたい

――まずは『花散るまえに』の今村さんの感想からお聞かせください。
今村 佐藤さんが『言の葉は、残りて』でデビューされた時に、この人は伸びるって周りに言ってたんですよ。『花散るまえに』を読んで、着実に伸びてるな、成長しているなって思いました。小説にはキャラクターやストーリー、いろいろな要素があるけれど、佐藤さんは最近の作家の中でも文章が上手い。すごく丁寧な書き方をされる。帯に「たおやかな筆致で描かれる、苛烈(かれつ)な愛のゆくえ。この作品を書く感性をまぶしく思う」という言葉を寄せたんですが、あえて「たおやかな筆致」としたのも文章を味わってほしいから。いまの時代にたおやかという表現は古いかもしれないけど、少なくとも僕は書かないようなやわらかい感じで書かれる方だから。
佐藤 ありがとうございます。
今村 それに題材。細川ガラシャと忠興の夫婦。「この題材できたか」と思いましたね。僕も「何でそんな題材にしたん?」って言われることが多いんやけど、佐藤さんはそれを最後まで書き切ったと僕は思いましたね。
 なぜ「この題材できたか」と思ったかというと、僕はガラシャの夫の細川忠興が嫌いなんですよ(笑)。嫌いというか、理解できない。『花散るまえに』は、忠興について佐藤さんなりの答えを出してくれているから、これからは僕の中の忠興はこのイメージです。忠興って、ちょっと精神的に不安定なんじゃないかっていうぐらい――
佐藤 アップダウンが激しいですよね。
今村 そうそう。僕はそういう人間がようわからんし、そもそも行動原理が不明な人間を僕は書きたがらないところがあって。どうして忠興とガラシャを書こうと思ったんですか。
佐藤 『言の葉は、残りて』はデビュー作なので、自分が好きな源実朝を書いたんです。二作目の『さざなみの彼方』は、担当編集者さんから「戦国か江戸でお願いします」と言われて、「じゃあ、戦国で」と、戦国時代で一番興味があった茶々(淀殿)と大野治長の関係を書きました。
今村 僕、『さざなみの彼方』ね。思い出した。読んでたわ、「小説すばる」の連載で。
佐藤 今村さんの『塞王の楯』と連載時期がちょっとだけかぶってました。
 今回の『花散るまえに』の打ち合わせでは、担当編集者さんから「題材は何でもいいですよ」と言ってもらえたんですけど、デビュー作からずっと単行本を担当してくださった方なので、私から「佐藤雫に何を書いてほしいですか」と聞いたんですね。いろいろと案が出たんですけど「細川忠興の歪んだ愛が読みたい」と言われて、「あっ、面白そう」と思って。
今村 担当編集が歪んでいるんじゃないの?(笑)
佐藤 そこはわからないですけど(笑)。いままでの作品はピュアというか、純粋な恋愛関係みたいなものを書いてきたので、ここで歪んだ愛に挑戦するのも面白そうだなと思ったんです。
 ネットで「細川忠興」を検索すると、「戦国時代のヤンデレ」とか言われていて、ちょっとヤバい人なのかもと思いつつ、忠興がそうなってしまった理由を私なりに考えてみたいと思いました。彼の人格を形成していったものは何だったんだろうと。
 とくに彼が、妻の玉――細川ガラシャ――に対して、史実では「死んでほしい」みたいなことを言い残して出陣しています。なぜだろう。その理由を、私なりに考えてみたかったんです。作品の中で彼の人格を形成していくにつれて、書けば書くほど彼のことが好きになってしまって、最後はもう大好きでした。『花散るまえに』は私の創作がだいぶ入っていて、ちょっと現代的な感覚でものを見てしまっていると思うんですけど。

現代的な価値観を持っているのはおかしい?

今村 現代的な感覚でものを見る歴史小説は反発されると言うか、マイナスの意味で言うてくる人も絶対いるし、僕も言われ続けてきたけど、それでいいと思うねんな。
 理由の第一は読む人が現代の人やということ。第二は「こんな現代的な人間は当時はいなかった」という決めつけこそが現代人の傲慢やと思うから。この時代に奇人、変人と呼ばれてる人が未来でスタンダードになってる可能性があるように、過去にも「奇人」と呼ばれた価値観で生きてた人がいてもおかしくない、というか絶対いた。
佐藤 すごく共感します。私も、書く人も読む人も現代の人なんだから、現代人の悩みや葛藤、苦しみを、歴史上の人物に重ねてもいいんじゃないのかなとずっと思っていて。
今村 主人公が現代の価値観に近い人物だと、当時の価値観を持った人たちがガヤとして周りを囲むことになる。周囲から批判されたり迫害されたり、逆に憧れられたり、差異を見せることで現代と当時の価値観の違いを表現できる。僕はそれがこれからの歴史小説のあるべき姿の一つやと思ってますね。
 そして『花散るまえに』を読んでもらったらわかるけど、ガラシャが神への愛と、夫との人生のあいだでの揺れ動いている気持ちが非常によく描かれている。佐藤さんはご結婚されているそうだけど、やっぱり夫婦とは何かとか考えた?
佐藤 実は『花散るまえに』を書いてる途中で離婚したんです。
今村 そうなんや。聞いてよかったんかな。
佐藤 いいんです。と言うか、かえってありがたいです。小説すばる新人賞の受賞の言葉で「夫に感謝している」と書いていたので、どこかの機会で「離婚しました」と言わないとなと思っていたので。
今村 そうなんや。僕も離婚してるで。僕も言う機会がなくて困ってたからようわかる。しかも僕は作家になる前に離婚してるからたちが悪い。わざわざ言う必要ないやん。言いたいねんけど、ツイッターでいきなり「今村翔吾、バツイチです」って言うのはおかしいやろ(笑)。だから言う機会をずっと探ってた。お子さんは?
佐藤 いないです。
今村 僕もいない。一番気楽なパターンや。
佐藤 そうなんです。だから、自分が食べていければいいっていう感覚でいます。
 私は、結婚生活が約七年間あったんですけど、その中で夫婦のあり方に悩んでる時期があって。しかも『花散るまえに』を書いてる時に離婚したので、愛って何だろうって考えずにいられませんでした。『花散るまえに』には夫婦の愛だけでなく、いろんな形の愛が出てきます。親子の愛もあれば、主君と家臣の愛もあるし。もちろん神の愛もあって。
今村 神の愛が一番難しかったんとちゃう? 宗教はハードルが高いって言うか、腑(ふ)に落ちんと言うか。僕は自分の腑に落ちるまでは書かへんみたいなところがあって、だから難しい題材やと思うねん。佐藤さんが勇気があるなと思ったんは、この題材で宗教は避けられへんやん。
佐藤 難しかったです。キリスト教の愛と一般的な愛は、考え方が違うので。私はキリスト教徒ではないので、しっかり勉強しないと書けないな、と。事前に本や資料を読んで、カトリック教会にも行って取材をしました。
 でも、私の中でキリスト教の神の愛がどうしても腑に落ちない部分があったので、その部分をどうするか。ガラシャ自身には腑に落とさせないといけなくて、なおかつ読者にも共感してほしい。高いハードルでした。
今村 忠興っていう存在がいるから、腑に落ちない部分が描けたのかもしれへんね。忠興にとっても神の愛は腑に落ちんもんやから。これが玉だけの一人称小説やったら、どうにかして腑に落とさなあかんねんけど。忠興と玉、この二人の対比によって、宗教への迷いとか、つかみどころのなさが描かれてるからよかったと思うよ。