怒るだけのリーダーの怖さ
この事件で明るみに出たようなことはいまでも現実に起き続けていて、それは品質不正というかたちで発覚しています。本来の品質基準に達していないにもかかわらず、組織ぐるみで隠ぺいしたケースが後を絶ちません。
そうした事件が起きた企業は東芝と同様に第三者に調査を依頼しますが、それらの報告書を読むと興味深いことがわかります。自社製品の品質水準は低いがコストや納期の関連から抜本的な改善ができず、検査結果を改ざんするなどの不正をおこなうのです。
その背景には「何とかしろ」というプレッシャーがあったことがうかがえます。「上意下達の気風が強すぎる」と書かれ「パワーハラスメント体質」と明記されているものもあります。まさに「何とかしろ」というような風土であることが、容易に想像できるでしょう。
本当に大事なことは、状況が悪い時に次の一手を考えることです。経営者であれば弱い事業から撤退して新たな分野を強化する。あるいは、会社の収益構造を見直して体質改善を図るべきでしょう。
ミドルであれば、部下が頑張っても達成できない時に、その問題点をきちんと分析して上に提言することが本道です。部下とともに打開策を考えて、少しでも目標に近づけることに取り組みます。
しかし、こうした報告書の中には「『撤退戦』を苦手とする風土」という指摘もあります。また「『言ったもん負け』の文化」があると書かれているものもあります。つまり問題点を指摘したら「じゃあお前がやれ」と負担が増えるために、結局誰も言い出さないということです。
「何とかしろ」というような頭ごなしの命令しかできないリーダーのもとでは、上から下まで現状に目をつぶり、やり過ごすことだけを考えているような空気であることがよく伝わってきます。
なお、こうした問題を起こしてしまった企業は、歴史のある会社が多いことに気づきます。上下関係のはっきりした男社会で、まさに昭和の感覚がどこかに残っていたのでしょう。
こうして過去の報道や報告書を読み返すと、いったいリーダーの役割とは何なのだろう? と考えずにはいられません。「もっと利益を上げろ」というような指示は誰にでもできます。
むかし野球を知らない有名タレントが「監督のサインには『ホームランを打て』というのがあるのかと思ってた」と言っていたことを思い出します。もちろん、その話を聞けばみんな笑います。それならば、誰だって監督が務まるからです。
しかし、日本を代表する企業でそのような指示が日常化していたことも事実です。そして、このようなことしか言わないリーダーはまだあちらこちらにいそうです。
もし仕事において大きなトラブルがあって修羅場になった時は、リーダーの資質を見極めるチャンスでしょう。「何とかしろ」だけの人はもちろん論外ですが、「何とかしよう」と冷静に分析して打つ手を考える人にはついていっていいかもしれません。そんなリーダーもまた着実に増えていると思います。
文/山本直人 写真/shutterstock