約60年前の王貞治のホームランで弾道シミュレーション

筆者が入手した開示文書には「防球フェンスの考え方」と題して、打球の弾道シミュレーションを複数描いて、銀杏並木に隣接する防球フェンスの高さが適正かどうかを検討した1枚が含まれていた。

まず、この検討に使用されたのが、「1964年の王貞治選手の場外ホームラン」であることには驚きを隠せない。本来はシミュレーションの精度を上げるために現代のデータを用いるべきだが、なぜ、あえて諸条件(ボール、選手の体格)が異なる約60年前のデータを用いたのかは、まったく理解ができない。

新神宮球場は、約60年前の王貞治の場外ホームランのデータをもとに、弾道シミュレーションがなされていた… 出典:開示資料 東京都 景観審議会 計画部会(2020年5月25日) 事業者追加検討資料 P8
新神宮球場は、約60年前の王貞治の場外ホームランのデータをもとに、弾道シミュレーションがなされていた… 
出典:開示資料 東京都 景観審議会 計画部会(2020年5月25日) 事業者追加検討資料 P8

さらに資料右下の注釈には「天候等の条件による実際とは異なる場合がある」と小さな文字で書かれている。再開発後は新球場の本塁付近に185m超の高層ビルが2棟(伊藤忠商事の本社ビルが入る「事務所棟」190m、三井不動産が建物所有者として運営する「複合棟A」185m)も建つため、本塁から外野方向に吹くビル風が打球の飛距離を伸ばす可能性は十分、考えられるのだが、これが考慮されているのかは、甚だ怪しい。

この2点の不審点を踏まえて筆者自らプロジェクトサイトから質問した結果、事業者からは以下の回答が得られた。

————————————————————-
【質問】
・神宮野球場の防球フェンス高さの検討において、ビル風を考慮した打球の軌道シミュレーションは行っていないという理解で正しいか。

・神宮野球場の打球の軌道シミュレーションですが、現代とは条件(選手の体格、ボール)が異なるのに、約60年も昔(1964年の王貞治選手場外ホームラン)のデータをあえて採用した理由は?

【回答】
防球ネットの高さについては現時点において書籍等で公になっていた飛球データを参考に検討を行っております。適切な防球ネットの高さに関しては継続して打球シミュレーション結果等をふまえて安全性を第一に検討してまいります。

出典:プロジェクトサイト回答(2023年8月7日公表分)No12「防球ネット」
————————————————————-

これによれば、事業者は防球ネット高さの検討過程を述べているだけで、筆者の2つの質問にはゼロ回答だった。問題が無ければ回答すればよいだけなのに、これでは「事業者はビル風を考慮した打球の弾道シミュレーションを行っていない」、もしくは「公開できないほど不都合なシミュレーション結果を得たため、現代の選手より飛距離が短い約60年前のデータをあえて採用した」と勘繰られても仕方ないのではないか。

ちなみに、採用された王貞治選手場外ホームランの推定飛距離は150m。当然ながら、これを上回る飛距離は現代のプロ野球では多数確認できる。(例・2005年 カブレラ選手 推定180m、2017年 ペゲーロ選手 推定170mほか)

(写真/共同通信社)
(写真/共同通信社)

つまり新球場ではビル風に乗った打球が銀杏並木の歩行者や車を直撃する恐れがあり、その不都合な事実を事業者は隠しているのではないか。